2007/12/21

中国料理におけるメニューの選択、コースの組み立て(その8)


 たとえば「エビチリ」。中国語の料理名は「干(乾)焼蝦仁」。 
 座右の書の一冊(というにはでかすぎますけど)「中国食文化事典」(中山時子監修、角川書店)によれば、「むきえびを油通しし、唐辛子ソースで煮からめたもの」とある。さらに「特徴は、第一に、材料は炸、煎、炒など、油を用いて熱処理をする。第二に、調味に必ず刻んだとうがらし(四川泡辣椒、とうがらしの漬物が本格的)か豆板辣醤を加え、とうがらしの辛味があること。油も濃厚で、したがって色彩が鮮紅色に仕上がること。第三に汁は吸収され、煮つまって、赤く染まった油はとろりとしていても、できあがった料理の皿に汁が流れてない。これが「干(乾)」を字を使う大きな特徴で、紅焼と区別される理由である。煮るときに加えるスープは少量である」とある。 
 あ、まずいか、またまた無断引用しちゃったので、後で削除かもです。
  「干(乾)焼」は、簡単には煮汁を煮詰めて煮含めたもの。四川にはその手法による料理が多い。「干焼魚翅」はその代表的な一品で、しっかり煮汁を含んだふかひれの味わいは格別だ。
 もっとも、私が体験したの同料理は、その昔、赤阪にあった「上海錦江飯店」(現「上海錦江飯店」にはあらず)、及び、上海での同店でのこと。その手法を受け継いで、アレンジしたものが、六本木の角、誠志堂上にあった「錦江飯店」(だったか、もしかして違っているかも)、紀伊国屋奥の「オウ・セ・ボヌール」を経て、赤阪の「メゾン・ド・ユーロン」に受け継がれた。要は、かつての赤阪の「上海錦江飯店」のマネージャーーを務めた鈴木訓さんが、店を変わるたび、四川料理の流れを汲んだ「上海錦江飯店」の同料理にほれ込んで、継承し続けたわけです。
 話戻して、四川での「干焼蝦仁」、先の「中国食文化事典」にもあるように、刻んだ唐辛子、もしくは、泡辣椒、豆板醤を使い、辛味があり、なおかつ赤い色がその特徴とある。実際、銀座の「趙楊」の「エビチリ」は、豆板醤だけを使って辛味、赤い色を出し、ケチャップは使わない。
 「チャイニーズ・レストラン直城」でのそれも同様だったはず。ケチャップなどは使わず、「豆板醤」、それに四川の「干焼蝦仁」にならうように「泡辣椒」も加味している。そう、地元、四川の「エビチリ」は、実は「干焼」というより「魚香」こそふさわしい、という話もあるそうで。
 それ以外に「ケチャプ」、「豆板醤」ではなく、えびの「みそ」を生かし、その旨味、さらには赤い色合いを生み出した「干焼明蝦」がある。「蝦仁」ではなく「明蝦」。当然、「有頭」のえびです。

 日本で「明蝦」とされるのは、在来種の車えび、もしくは、大正えびの通称で知られる高麗えび。で、「車えび」ではなく、みその量が多くて調理すればコクのある高麗えびのを使って濃厚なみその味がふんだんに味わえる「干焼明蝦」に出会えるのが、神田の龍水樓。
 もちろん、旬の時期に入荷した時だけ味わえるものですが、これが絶品。しかし、ここずっと高麗えびの確保が難しい、ということでありつけることは滅多にない。 ちなみに、龍水樓では、他の良質の有頭蝦が入手した時には、同様の料理を提供してくれることもあるらしい。
 もっとも、その龍水樓、「厨房の人手不足・店主の老齢化の為、2007年9月より営業形態を大幅に変更いたしました」ってことで、アラカルトメニューがなしになっちゃった!(愕然)。
 コースを頼んで、その一品に加えてもらうしかない。しかも「高麗えび」の入手、ほとんど見込みなし、なんて「幻のメニュー」と相成りました。
 ついでに、とろりとろける有頭えびのミソを生かした「干焼明蝦」、及び、それに類似した料理が食べられるのは、かつて赤阪、今、四谷の「済南賓館」、それに赤阪の「函梅舫」。
 そういえば、四川といえば海から遙か遠い陸の奥地にある。なのに「干焼蝦仁」はえびの料理。淡水の河蝦がもともとの素材だった、というなら、話にも納得。しかし、四川に「干焼明蝦」、つまり、海水の中ぶり、大ぶりのえびを使った料理が、あったのかどうか、というのは素朴な疑問、として当然でしょう。 
 そう、海水の蝦を、かつて、どうやって四川まで運んだのか!
 最近、この十年ほど、経済成長を遂げ、消費が盛んな四川の成都では、流通が整備されたこともあって、中国の沿岸部はもとより、中国南部、東南アジアから新鮮な海鮮の魚介が運びこまれ、盛んに消費されている、ってことです。恐るべし、中国の経済発展。
 ですが、遠い昔の四川では考えられない話です。
 もっとも、龍水樓の「乾焼明蝦」、店主の箱守さんは湯島聖堂の中国料理研究部の出身。清代の料理を中心に、中国の文献をもとに、それを具現化してきたところです。
 それに「済南賓館」の料理のルーツの多くは山東省の「魯菜」。赤阪の「函梅舫」も「魯菜」をルーツのひとつにする北京の宮廷料理が看板。いずれも、あのあたり、かつて高麗えびが収穫された渤海の近く。ということからすると、高麗えびを素材に「干焼」、つまり、煮含めて煮詰める、という料理方法もとにした「干焼明蝦」が生まれた、という話にも納得。
 また、話が横道にそれちゃって、、、、、
 画像は「龍水樓」のコースメニューの締めくくりに登場する「杏仁豆腐」。
 素材の「杏仁」、中国アーモンドの持ち味を生かした、素朴で力強い純な味わい、風味が満喫できる。奥深い美味。ざらっとした触感も堪らない。これぞ正真正銘の杏仁豆腐。滋味豊かな一品です。