2007/01/31

閑話休題~マカオ・香港の旅(6)


 今回のマカオ・香港の旅に際し、ガイドブックをいくつか購入した。久々にガイドブックを見ながら、ガイドブックの変遷ぶりを目の当たりにした。
 香港の知人である蔡瀾さんが大きくフィーチャーされている。TV番組「料理の鉄人」の審査員として登場し、日本にもその存在を知られるようになった蔡瀾さんは、日本に留学中、香港の映画会社の依頼で日本の映画を香港やアジアに配給する仕事に携わり、やがては香港の映画界でプロデューサーとして活躍。文筆家としてもその名を知られることになった。
 その後、映画界から離れ、文筆活動の傍ら、旅行関係の仕事などにも携わってきた。
 日本では「美食家」として知られる彼だが、美食好みよというよりも、お酒が好き。薦める料理も酒のつまみに格好な、辛口で味の濃いものが多い。
 BRUTUS誌の96年12月1日号の「97年6月30日、あなたは何を食べますか」で、対談した際、香港のお薦めの料理店、お勧めの料理を競い合ったことがある。二人で意見の一致を見た店がある一方、意見の相違があった際、その相違は、酒ありて食ありという蔡瀾さんに対し、食ありて酒ありという私の意見の差異によるもだった。
 蔡瀾さんとともに香港の「餐庁」事情に詳しく「香港無印美食」の著作で知られる龍陽一も、大きくフィーされている。
 
 龍は香港の食を愛してやまない我が愛弟子、香港兄弟の一人である。「餐庁」食についてのあくなき追求に関しては敬意を払うより他ない。
 ともあれ、ガイドブックを見ながら、一瞬、目が止まったのは、海鮮料理の店として「生記飯店」の名を見つけたことだ。
 もっとも、住所は湾仔だが、荘士頓道ではなく、軒尼詩道となっている。
 今回、マカオ・香港の旅でコーディネイターを務めてくれたJOYCEが、その訳を教えてくれた。
 なんと「生記飯店」は荘士頓道から軒尼詩道へと移転。しかも、その場所はかつて「酔湖」があったところだという。その話に驚いた。
 「酔湖」は忽然と現れ、忽然と姿を消した名店である。
 かつて洛克道に「叙香園酒家」という名店があった。以前、その九龍店の小菜のメニューを紹介してきた。広東地方の郷土料理の数々を看板にし、香港中にその名を知られていた。が、店のあった場所が再開発のため「叙香園」は閉店。
 
 その主要なスタッフ、マネージャーや料理人が、別の出資者何人かが湾仔で開店した「酔湖」に移動した。かつての「叙香園」を懐かしむ客が訪れ、たちまちのうちに店は絶大な評価を得た。食べることが好きな人々、食通、美食家の多くが、香港の名店、それも、好きな店として挙げた店だ。
 その「酔湖」については、また、改めてふれたい。
 さて「生記飯店」だが、荘士頓道にあった頃、私はひそやかに愛し、通ったものだ。
 その佇まいは香港のどこにでもあるような、ありきたりな小食店といった趣で、これといって目だったところはなかった。が、店頭に並んだ水槽をのぞきこめば、他の海鮮料理店のそれとは明らかに違った。蝦や蟹よりも九肚魚、獅子魚、梭囉など、広東省南部の沿岸部で取れる地魚が並んでいたからである。
 
 「生記飯店」の店主、料理人は、広東省の西南部、広州の南に位置する順徳地方の出身であり、同地の料理を看板にしていた。興味深い経歴の持ち主である。その話はいずれ紹介したいと思う。
 
 さて、元「酔湖」の後に居を構えた新しい「生記飯店」は、海鮮料理を看板にする店へと営業方針を改めていた。元「酔湖」のしつらえそのまま、店の隅の水槽に泳いでいたのは、石斑や立魚の類、それに蝦である。かつての店の店頭に並んでいた地魚の類は皆無だった。
 メニューをみると、順徳地方の郷土料理も並んでいる。が、それ以上にごく普通の広東地方の郷土料理が大半を占めていた。
 蝦を食べようということになった。 同伴者が、久々の香港だというので、白灼蝦を!と考えたが、それにふさわしい蝦はなかった。季節はずれだったからである。そう、蝦にだって旬があるのだ。
 水槽に泳ぐ蝦は中蝦で、明からに近海ものではなく、外洋産のものだった。
 それなら、茹でたり蒸すより、炒めるか、揚げものにするのがいい。
 そこで思いついたのが、炒めて醤油味で仕上げた「豉油王煎蝦碌」である。
 それは店のお勧めのメニューにもなっていた。
 果たせるかな、まずまずの味である。が、いささか「鑊気」、つまりは鍋の火の勢いに欠け、香りも乏しい。一体、どいうことなんだ?と、首をかしげた。
 もう一品、店のお勧めのメニューの「鹽焗鶏」。悪くはない。
 が、素材の鶏の質がいまひとつ。調理も鳥肌の色艶や照り、塩味の決めなど、いささか物足りない。もっとも、値段からすればいたしかたないく、それなりのものではある。
 「蜆介鯪魚球」を注文したのだが、塩味が利きすぎて、料理としての完成度はいまひとつ。
 ほっと心が和んだのは、なんてことない「蒸水蛋」だった。
 お粥が看板料理になっていて、何種類かあったが、今回はパス!
 「う~ん、あの「生記飯店」はどこにいってしまったのだろう!」。
 思わず遠い目になってしまった「生記飯店」だった。