呉昊著「飲食~香江」に掲載されている氏の入手した「南園」の菜譜のをさらにひもとくと、ますます興味をそそられる。画像がそれだ。
先に紹介した頁では、ふかひれ、干し鮑、さらには魚類、そして家禽類のいわば大菜が紹介されていたが、続く頁では小菜の数々が紹介されている。酢豚なども見られるのが面白い。
そして、右頁、上段、右から4品目に「窩貼石斑」、さらに、下段、右から2品目に「滑石斑球」があるのが目を惹く。
「石斑」、すなわち「はた」の類だが、当時から、それが用意されていた、ということなのだろか。
それに続いて「原盅補品」、広東地方の郷土料理に欠かせない湯煎蒸しによるスープの類がずらりと並んでいる。
そして「外江鹵味」。主に内臓類を、漬け込み汁、あるいは煮込み汁である「鹵汁」で調理したものだ。それをあえて「外江」としてあるのは、そのほとんどが潮州料理を元にしていることに由来するのかもしれない。
そして、最後は「焼烤」類。焼き物である。その最後に「焼金銭鶏」とあるのは、鶏肉の肝臓を蜜汁で焼いた鶏肝だろうか。今も懐かしい郷土料理としていくつかの店で出会える一品である。
ともあれ「南園」の菜譜は、香港の広東料理の原点、源流が広州のそれにあったことを如実に物語るものだ。もっとも、残念なことに「南園」の菜譜から、料理名を知ることはできても、その料理方法や味付け、風味が不明である。
そこで参考資料となるのが「中国名菜譜~南方編」(柴田書店、73年)であり、先に触れてきた広州の名店の名菜が紹介されている。
なかでも興味をそそられるのは「大三元」の「紅焼大群翅」である。同著ではその料理方法が詳しく紹介されている。
最も注目すべきは、ふかひれを戻し、煮込んで味付けした後の最後の仕上げだ。
「強火でラードを熱し、酒を振りいれ、頂上湯を注ぎ、煮立たせ、化学調味料、上質しょう油、胡椒を入れてから、水で溶いたかたくり粉を加える。とろみがついたら「鶏油」をたらし、皿にもったふかひれにかけて出来上がり」、とある。
まず「頂上湯」だが、老鶏、豚の赤身肉、火腿などで作ったもの。今の上湯と同じである。
そして、調理の脂だが、ラードが使われている。また、調味料のうち、「上質のしょう油」は、原文では「老抽王」、つまりは塩分が少なく色の濃いたまりしょう油である。
問題は「水で溶いたかたくり粉」の「かたくり粉」だ。原文では「生粉」とある。それは、厳密には「かたくり粉」ではなく、豆のでんぷん質のことなのだ。そして、日本で「かたくり粉」といえば、一般的にはかたくりからとれたものではなく馬鈴薯、つまりはじゃがいもの澱粉なのだ。
「かたくり粉」の話は、後述することにしよう。
ともあれ、調理にはラードが使われ、中国たまりしょう油で色あいと味がつけられ、さらに、仕上に「鶏油」が使われる。
ということからすれば、現在の香港の一般的な「紅焼魚翅」に比べれば、脂っこく、濃厚な味、が想像される。
そう、現在、香港の料理店では、ラードの使用は避けられ、花生油、ピーナッツ・オイルがもっぱら使われている。ラードが使われるのは、その味、風味が必要なときに限られる。もっとも、点心などでは今も使われることが多い。
そして、仕上げの「鶏油」、それはおそらく、料理の照り、また、コクのある味、風味を出すためのいわば「化粧油」だが、それも避けられていることが多い。
とすれば、「大三元」の「紅焼大群翅」は、濃厚でコクもあるしっかりした味わい、風味を持つふかひれのしょう油煮込みだったのではないか、と想像されるのである。