2007/02/19

蟹黄魚翅撈飯(33)

 桂林への旅はたった1日。駆け足で観光名所を巡り、2日目の夜には広州に戻っていた。が、その内容、ことに食に関しては大いに収穫があった。

 桂林に到着した深夜、出迎えてくれたのは地元の観光局の女性だが、なんと、遼寧省から、新しい仕事を求めて桂林にやってきたという。桂林は山間部の盆地にあるから夜もぐっと冷え込む。北から来ましたから寒さには慣れてますが、でも、桂林の冬は苦手なんです、という。どうしてまた?と尋ねたら、北の冬は乾いていますが、ここは、湿度が高くて、寒さが凍みますから、と。


 翌日、朝食もそこそこにざっと市内を回ってロケハンし、桂林観光の目玉である漓江下りの船に乗り込んだ。その景観もさることながら、船上での昼食に大いに盛り上がった。 花より団子である!
その時の料理内容は以下の通りだ

四小碟(前菜、四皿)

 香酥吹喜/タロ芋の揚げ物
 西芹豆腐/干し豆腐とセロリの和え物
 油炸花生/落花生の揚げ物
 油泡川蝦/川蝦の唐揚げ物


 豉汁炒田螺/たにしの豆豉炒め
 油炸鶏/鶏の唐揚げ
 時菜木耳炒肉/ブロッコリー、きくらげと豚肉の炒め物
 時菜炒旦/青菜と卵の炒め物
 炒油菜/菜心の炒め物
 清蒸草魚/そう魚の蒸し物
 三鮮粉絲煲湯/鯪魚のつみれと春雨のスープ


 炒め物、揚げ物のオンパレードだが、どの料理も素材を生かした惣菜的な味付けで、シンプルだし、素朴な味わいだが、すっきりとしていて無理がない。あっさりした軽い味付けのもの、調味料を適度に按配よく使い、メリハリを利かせた濃い味のものもある。川蝦、それに、魚の蒸し物が、「鯇魚」「そう魚」だったり、スープの具が「鯪魚」のつみれだったりするのが、いかにも中国、それも南方の地方色を感じさせる。日常的な惣菜をもとにした、もてなしの料理、メニュー構成である。ひなびた風情もあって、それがまたほほえましく、好感を覚えずにはいられなかった。

 そういえば、かつて九廣鉄道で、広州に何度か旅したさい、食堂車が備え付けられていた。ものは試しと、出向いて何品か食べたことがある。船上の料理は、料理内容、味、風味、いずれの点においても勝っていた。


 漓江の船下りは、全コースを踏破するには時間を要する。そんなことから、途中の陽堤で下船し、桂林の街に戻ることにした。その途中に目の当たりにした光景が忘れられない。私にとっては漓江下りの景観などより、はるかに刺激的だった。


 真っ平らな田圃のど真ん中に、三角おにぎりのような岩山がそこかしこに散在していたのだ。山、といえばなだらかな傾斜がふもとからはじまり、丘がつならり、やがて、険しい峰々がつななる。そんな光景を思い浮かべる。ところが、桂林の郊外で目の当たりにした岩山は、真っ平らな田圃のど真ん中に、ふもとのなだらかな傾斜もなく、いきなりぬっと頭をもたげているのである。壮観、というのだろうか。何かしから心突き動かされるものがある不思議な光景、奇景だった。


 桂林の街に戻ってからは、観光名所を再び巡り、そして、食探索。街中の店の何軒かに飛び込んで、地元の食を試し、楽しんだ。

 なかでも印象に残っているのは「米豆腐」。米をつぶし、炊いて、冷やし固めたものだ。ツルンとした触感で、舌にのせて、口中で押しつぶすとぶちゅっと潰れて、米の味がする。しかも、酸辣の味付けなのだ。酸味は漬物の「酸芥菜」、辛味は唐辛子。漬物の乳酸の味、風味が、すっきりとして爽やかで、旨味もある。それに、唐辛子が旨い。フルーテイーな甘味が潜んだ唐辛子だったのだ。

 「桂林魯菜粉」、「桂林魯菜湯粉」、「桂林三鮮炒粉」などにもトライした。
 
 「粉」というのは、いわば幅広ビーフンだが、「河粉」ほどに幅は広くなく、その半分ほどだ。それに「桂林三鮮炒粉」の「粉」は「切粉」といって、その形状がまた違った。ともあれ、「酸芥菜」と唐辛子、それも唐辛子ミソが、味の決め手だ。「「酸芥菜」を使うのは、漬物の発酵した酸味、旨味を生かしたものなんです。「醋」の酸味だと、どうしても自然な味ではなくなるし、すっきりとした味にならないんで」とはお店の人に取材して聞いた話だ。そして、辛味と同時に甘味が潜んだ桂林の「辣椒」、唐辛子も、味の決め手、ということだった。


 実は、私は「桂林辣椒醤」を愛してやまない人間である。四川の「豆板辣椒醤」などよりも辛味が利いている。それでいて、旨味がある。もちろん、四川の「豆板辣椒醤」の、ひねた味のものも好みで、四川風を再現してみたい時には活用している。が、「桂林辣椒醤」は、それとはまったく、味、風味の異なるものなのだ。日頃愛用しているのは、香港産のもので「冠益食品」のものだ。

 そんなことから、なんとか本場桂林の「桂林辣椒醤」を入手したいと思い立ったのだが「それはないです。だって、店でも家庭でも、それぞれに工夫して作ってますから。市販のものもありますが、お勧めはできないです!」と、キッパリ。

 当然、その店特製の「辣椒醤」を何とか入手したいと思ったのだが、それもあっさり断れた。なら、唐辛子の良いものを見つけるしかない。


 そうなのだ、アジアの国々に旅するようになって、土産物として入手してきたのは、訪れた場所の「塩」と「唐辛子」、及び唐辛子の加工品である。 店の人に教えられた唐辛子の専門店で、桂林の唐辛子を購入。もちろん、粉砕加工したものだが、驚いたのは唐辛子の種まで入っていたことだ。

 
その際、購入した桂林の唐辛子、アジアの各国で手に入れたものとは、味、風味が違った。桂林にもう一度旅したいと思うのは、あのおにぎりにょっきりの岩山の光景をもう一度確かめたいのと、桂林ならではのビーフンもさることながら、桂林産の唐辛子をなんとか、入手したい。その思いでいっぱいになる。