2007/02/03

閑話休題~マカオ・香港の旅(8)




 今回の取材は3月発売予定の文藝春秋の臨時増刊号のためのものだった。
 50歳前後の人々を対象にしたシニア向けのムック、ということで、マカオ、香港の旅案内を仰せつかったのである。実は、私の周りにも50歳を越えるカップルの香港リピーターは少なくない。
 買い物や食べ歩き三昧よりも、ホテル・ライフを楽しみながら、街散歩やフェリーに乗り込んで足を伸ばして島巡り。食事も粥面屋、小食店、香港の中国式西洋料理を提供するいわば洋食屋の「餐庁」に飛び込んで手軽にローカルな「午餐」や「下午茶」を楽しみ、夜はしっかり贅沢な食事、といった趣のものだ。香港ならではの楽しみ、リピーターならではの香港の楽しみ方である。
 今回、私は、食にしろ、食べ歩きにしろ、懐かしいマカオや香港の面影を探る、さらに、懐かしい料理を振り返り、新しい食との対比を紹介したい、というテーマを思い浮かんだ。
 とはいえ、新しい店の紹介は、新しいガイドブック、それに、ネットのガイドに任せることにした。
 香港の最新のガイドの食案内をみると、その事情は日本の、たとえば東京の食ガイドとほぼ変わりない。目新しさやニュース性が重視され、ともかく、今まで紹介されなかった新しい店、新しい料理の紹介が目白押しである。そうして紹介されている店、料理の写真を見たところで、触手も出ない。
 新しい料理として紹介されているものなど、よくよくみれば伝統料理の焼き直し、今日版ってことがわかるからである。
 そんなこともあって、今回、香港で取材した店のほとんどは、すでになじみの店ばかり。私が香港にでむけば、必ず訪れる店である。もっとも、その分、料理の紹介についてはひねりを利かせた。詳細は、発売までお預けだが、その裏レポートを紹介しないではいられない。
 たとえば、今回、編集部から私家房、私房菜、いわばプライベート・レストランをなんとか取り上げたという要請があった。即座に思い浮かべたのは、香港での我が兄弟、周中の「周菜」である。
 86年、今はなきハイヤット・リージェンシー・ホテルに誕生した中国料理店「凱悦軒」の登場は、実にセンセーショナルなものだった。
 20~30年代の上海の茶室をモデルにしたモダンで斬新なインテリア。それにもまして、料理内容、そのプレゼンテーションが斬新だった。その担い手だったのが周中である。
 彼の料理に初めて出会った時、アレ!と思った。そのプレゼンテーション、料理の取り組みにどこかで出会った覚えがあったのだ。
 
 果たせるかな、周中は、80年代半ば、インテリア、サービス、料理内容、そのプレゼンテーションで香港に新風をもたらした「麒麟閣」、それをさらにグレードアップし、斬新でモダンなものにした「麒麟新閣」、ついで香港ホテルの「麒麟金閣」を生んだ「麒麟閣」グループ出身の料理人で、ことに「麒麟新閣」、「麒麟金閣」の斬新な名菜を生んできた人物だと知ったのである。
 
 「凱悦軒」の料理長となった彼の仕事を日本に最初に紹介したのは「an an」での香港特集での食案内における小さな記事だ。そこで「凱悦軒」のランチ・タイムの「1位用」、つまりは一人用のセット・メニューを紹介した。むろん、それまでに「凱悦軒」に通い、出会ったコース・メニューであり、だからこそ紹介したくなったものである。以後も「凱悦軒」に通い、周中の手になる創作的な料理に挑戦し、それらを試して後、雑誌などで紹介してきた。そのつど「以前に紹介した料理はパス!新しい料理をたのんます!」と依頼し続けたものである。
 周中は、西洋料理の素材なども積極的に取り入れ、斬新で創作的な料理を生み出してきたが、その基盤にあったのは伝統的な中国料理、それも、広東地方の宴会料理、郷土料理の数々にあった。アイデアの源はそこにあり、その素材を新しいものに置き換えたものだったのである。さらに、味付けの基本も、伝統的な広東地方の宴会料理、郷土料理にあった。
 「清淡」とした中に、広東地方の宴会料理、郷土料理に特徴的な「甜味」が常に潜んでいた。最上の
ダシである「上湯」の作り方に工夫を凝らしていた。また、素材の持ち味を引き出す術を工夫し、そこに調味料の生かし方を工夫して、最新の創作的な広東料理を生み出していたのだ。つまり、彼の料理はすべて、広東地方の伝統的な宴会料理、郷土料理を踏まえたもの、だったのである。
 「凱悦軒」は、ハイヤットリージェンシー・ホテルの結束とともに閉店した。そしてはじめたのが「周菜」、自身の私家房、プライベート・レストランである。上環のビルの1室にあり、8~12人用のテーブル、2~4人用のテーブルがあるだけだ。1日、2テーブルのみの客だけを受け付けている。
 自身のプライベート・レストランを営む一方、昨年、地元のTV番組「美女厨房」に出演。話題の美女が作る料理を評する審査員、コメンテイターを務めた。ざっくばらんで実直で正直でユーモラスなコメントが評判を呼び、たちまち話題の人となった。そして、2冊の料理本を出版。その内容は濃く、充実している。
 そんな彼の著作に、周中と食事を楽しむ私の写真が!(ギョ)。志木駅そばにある中国料理店で、周中を敬愛してやまない料理人の小林晋さんが経営する「チャイナドール」を訪れた際のものだ。
 そこには、今、話題の新進の料理人、三田の「桃の木」のオーナー&シェフである小林武志の顔も見える。周中に憧れる彼を私が誘い、同行したものである。