2007/02/15

蟹黄魚翅撈飯(31)

 広州に出発する前、あらかじめプランを立てていた私は、事前にそれを地元のコーディネイターに伝えていた。なんとか「大三元」、「大同酒家」、「沙河大飯店」を取材したいこと。飲茶の点心の取材は「泮渓酒家」で、と連絡しておいた。

 が、現地に到着してみると「大三元」、「大同」ともに、取材は難しいという。「沙河大飯店」も、取材に非協力的、とのことだった。

 私が広州に出かけた前後、私同様、JASの関空発広州便の開通に関連して雑誌などから依頼され、先に現地に向かい、すでにいくつかの雑誌などで広州の食事情が紹介されていた。その中に、私の知人である、大阪で門上武司の主宰するジ・オードのスタッフだった藤木縁、フォト・ジャーナリストを自称する森枝卓士などもいて、二人からも情報を入手していた。が、いずれも広州の最新食事情の紹介が中心で、伝統的な料理や点心を看板にする店も紹介されていたものの、私自身はすでに体験済みで、悪い印象こそないが、触手をそそられるほどでもなかった。

 実際に現地に到着し、コーデイネイター、地元のいわば観光局のスタッフだったのだが、担当氏を直接話をしてみて、日本からの取材陣が紹介する店が似通っているいる理由も判明した。どの雑誌も広州の最新の食事情を紹介することに主眼が置かれ、地元のスタッフもその要求に応じてのもの、というのがその理由のひとつである。
 

 おりしも広州では、香港資本が積極的に進出し、中国との共同資本による新たしい店が相次いで開店し、香港式の海鮮料理、香港式の広東料理を紹介し、評判を得て、最新のトレンドとなっていた。また、西貢などにもそれに倣った地元資本の海鮮料理店が相次いで開店し、賑わいをみせていたのである。

 一方で、地元、広州で名店、老舗として語られている店も賑わいを見せている店もあったが、それらには取材を歓迎する店がある一方、非協力的な店もあり、それを突破するのは難関である、とのことだった。
 

 私としては、最新のトレンドにも関心がなかったわけではない。それも、香港式の海鮮料理が最新のトレンドだということであれば、その実情を知るのも面白い。
 

 話は前後するが、90年代初頭以来、中国本土では「港式」の「海鮮料理」が、最新のトレンドとして中国の各都市で流行にもなっていた。面白いのは「港式」あるいは「港風」は、食事情だけに限らなかったことだ。しかも、その最大の要因となったのが、他ならぬ香港の最新のポップス、香港の歌謡/ポップス系の歌手達の存在だ。中国本土を凌駕してしまった、と言う表現も決して過言ではないほど、香港の歌謡/ポップス系の歌手達は絶大な人気と評判を獲得。彼らの装いがそのまま最新のファッションとして受け入れられるということもあった。

  ことに若年層の支持を得て、香港の歌謡/ポップス系の「追っかけ」なども出現して、社会問題にもなったほどである。
  香港の歌謡/ポップス系の歌手のほとんどは、当初は広東語で歌っていた。80年代、それも80年代半ばから90年代半ばかけては、それら香港の歌謡/ポップス系が広東語で歌ったCANTO-POPSが、最盛期をきわめて時期である。が、香港の音楽市場は狭い。ということから、彼らは音楽著作権が整備され、市場規模の大きい台湾にターゲットを絞って北京語/普通語で歌いはじめ、台湾を制覇する。それが台湾から上海へと飛び火したのだ。

 1978年以後、市場開放政策を実施するようになった中国で、最初に受け入れられた外国の音楽は、欧米のポップスもさることながら、北京語/普通語で歌う、台湾の最新の流行歌/歌謡曲である。その最大のヒロインだったのがテレサ・テン。もっとも、当時、中国でヒットした「何日君再來」が、中台の政治の渦に巻き込まれ、発禁処分の憂き目にもあう。

 そうした事態などを経ながら、かなりの間、中国の流行歌の最新のトレンドを占めてきたのは台湾の歌謡曲/ポップスだったのだが、そこに、北京語/普通語による香港産の歌謡曲/ポップスが登場し、たちまち、台湾のそれを凌駕することになる。


 食事情にも同様のことがあった。香港式の海鮮料理が、中国で最初に取り入れられるようになったのは、香港に近く、また、香港の投資家にとって同じ広東文化圏にある広東省、その州都である広州だ。しかし、中国全土に及ぶほどの影響力は持たなかった。中国全土に影響力を持っていた流行の発信地は上海である。上海で流行した「港式」の「海鮮料理」の流行は、北京にもたどりつき、最新のトレンドにもなる。さらに、それは四川の成都にも及ぶことになった。

 ともあれ、経済的な発展途上にあった中国の地方都市において、食の最新流行は「港式」の「海鮮料理」である。荻昌弘さんに誘われて参加した、千葉の知味斉を本拠にしていた「知味の集い」での南京、揚州への食の旅以来、久々に訪れた南京、それは、中国を代表するロックバンド「黒豹」のコンサートを見るためにでかけたものだったが、その際にも「港式」の流行を知ったものである。


 そうした事情を踏まえた上で「港式」が最初に受け入れられた広州の最新の食事情、そのトレンドを知るのも悪くはない。とは思ったものの、広州の老舗、名店の名菜にであいたい、という気持ちを抑えることはできなかった。