翌朝、早くに起きて早朝の飲茶を取材した。
最初に出かけたのは地元の観光局の人に薦められた「北園酒家」だ。店内を見回り、テーブルの上の飲茶の点心をのぞいてみると、なるほど、美味しそうだ。
かつて広州を訪れた際、「陶々居」など、飲茶の点心で評判だという店を何軒かはしごしたことがある。が、注文した点心は、調理してから時間が経ったものだったり、味、風味の乏しいものだったことに失望した苦い思い出がある。
「北園酒家」の賑わい、活気、いくつか試した点心は、かつての印象を見事に打ち消してくれるものだった。もっとも、目当ては「泮渓酒家」。茘湾湖のほとりの広大な敷地にいくつもの館があって、屋外での飲茶を楽しめるからである。
実は「泮渓酒家」も、初めて訪れた80年代の始め頃、伝統的な名品で構成された飲茶の点心を注文したものの、出来立てではなく、取り置きのものばかりで、失望したこともある。それを帳消しにしてくれたのは、湖のほとりの館の風情、佇まいだ。飲茶の点心はともかく、お茶が旨かった。
はたせるかな「泮渓酒家」も、活気、賑わいにあふれていた。注文した点心は、どれもが熱々で、風味豊かなものだった。しかも、屋外で飲茶を楽しんだだけに、その味わいは格別だった。 その時、撮影のため、ということもあったが、注文したのは以下の点心である
「蠔油叉焼包」、
「腐皮巻」、
「牛肉燒賣」、
「蘿葡糕」、
「叉焼腸粉」、
「柳葉鮮蝦巻」、
「百花巻」、
「蝦餃」、
「糯米鶏」、
「芋角」、
「生肉包」、
「蟹肉干蒸燒賣」、
「春巻」、
「清蒸牛肉球」、
「潮州粉果」、
「炆牛子筋」、
「蛋撻」
その数に我ながら驚く。それより、そのメニューからすれば香港の飲茶の点心と変わりないことが一目瞭然だ。 というよりも、香港の飲茶の点心のルーツは広州にあるのだから、メニューが同じなのも当然である。それも「泮渓酒家」の点心は、香港の点心ほど味が濃くなく清淡だ。それでいて、しっかりとした味わい、風味がある。上品で洗練されている。香港の「陸羽茶室」の点心に通じるところがあった。
もっとも、「陸羽」の飲茶の点心の基本は本土の広州のそれを踏襲したものだが、やはり香港のそれである。広州のそれを踏襲しながら、香港を背景に育まれ、独自性ある様式を確立してきた。広州の「泮渓酒家」の飲茶の点心が「陸羽」と違うのは、どこかひなびた趣があることだ。
ひなびた味、趣、というのは私が旅した中国各地の高級料理店で体験し、感じたそれに近い。たとえば、揚州の「富春茶社」の点心。今はなくなくなってしまったが、上海にあった揚州料理の店の朝の飲茶の点心もそうだった。
上海で現存するものでは豫園の「緑波廊」がそれに近いが、幾分か素朴で、上品さ、洗練にはかけている。
ちなみに「緑波廊」で注目すべきは淮揚料理、もしくは淮揚料理を下敷きにした料理の数々に出会えることだ。
上海はこの10年程の間に、街のいたるところで再開発が行われ、淮揚料理を看板にする「揚州飯店」も、場所が変わると同時に営業方針を改め、料理内容も変化してしまった。そんなことから豫園の「緑波廊」は貴重な存在となってしまったが、飛び切りの店、というわけでもない。
飛び切りの料理、しかも淮揚のそれに出会うには、料理の選択、吟味、それにもまして特別なチャンネルを必要とする、という事情は、昔のままである。
ひなびた味の良さというのは、日本でも出会うことがある。たとえば松江の「風月堂」の「黒小倉」などその最たるものだ。茶の文化の伝統を守り続けてきた街の歴史に支えられた老舗の味、趣であり、それは中国も日本も変わらない。
ともあれ、「泮渓酒家」の点心は素晴らしかった。
そして、当日、昼過ぎに訪れたのが「沙河大飯店」。観光局の人がようやく取材にこぎつけてくれたものだった。撮影し、食べたのは以下の通りだ。
「干炒牛河」(細切り牛肉、黄韮、もやし炒め)
「西檸尤絲河」(いか、白瓜、糖姜、胡瓜、パパイヤ、檸檬(中国檸檬)などの細切り炒め)
「辣三絲」(にんじん、ピーマン、干椎茸の細切り辛味(タイの芥醬)炒め)
「涼瓜鶏茸河」(苦瓜と鶏のひき肉炒め)
「海鮮河粉盞」(セロリ、カシューナッツ、にんじん、蟹肉、貝柱の炒め)
「五彩河粉球」(ほうれん草、にんじん、豚肉、干椎茸、蝦、筍のみじん切り炒め)
「甘蔗麻糖河粉」(ごまだれ、砂糖、橙花酒風味のあえもの)
最後の「甘蔗麻糖河粉」は涼拌甜品、あえもののデザート。
「干炒牛河」は「沙河粉」の定番的な料理。香港だと老抽(たまり醬油)だが、生抽(醬油)味で、しかも、とろみあんかけによるものだった。
「西檸尤絲河」はその時食べた料理の中では抜群に旨く、最も印象に残ったものだ。いか、それに白瓜をはじめとする五種の瓜(その中には地元産のパパイヤも含まれていた)の細切り、中国檸檬の酸味が味の要、という印象で、甘酸っぱく、すっきりとした清淡な味、風味だった。
「辣三絲」は、辛味が利いていて、メリハリが利いているものの、やはり、どこか寝ぼけた感じ。チリ・ソースがタイ産のもの、というのが意外だった。
「涼瓜鶏茸河」は、生粉によるとろみがしっかりついていて滑らかな舌触り。上品で洗練されていながら、どこかと寝ぼけたような印象。中国本土ならではの味、風味だ。
「海鮮河粉盞」は、ひと皿に4個、まとめて盛られていた。「五彩河粉球」は、ぱりとした舌触り、さくっとした歯触りがいいさっぱりとした一品だった。
様々な料理方法、趣向の料理を味わったが、印象に残ったの野菜をふんだんにつかい、それぞれの持ち味を生かしていること。野菜の自然で素朴な甘味が効果的につかわれていたこと。それに、野菜の使い方、ことに切り方をはじめ、下拵えに工夫があり、滑らかだったり、さくさく感を覚えさせるなど、触感を重視していたこと。
それにもまして「沙河粉」の触感と味わいに打ちのめされた。それまで食べてきた「河粉」とは異なるものだったからである。半透明で、滑らかな舌触りだが、むちっとした歯応えがある。粘りのある腰がある。
撮影後、なんとか店の人から聞きだした「沙河粉」の特徴は「薄而透明、硬而爽滑」にあるという。米を水に浸し、しばらく置いて、水を捨て、何回も磨き、再び水に溶かして鍋にかけ、蒸しあげるという。米の吟味もさることながら、水の吟味が肝心で、「白雲山」の泉水を使っている、とのことだった。
店頭に乾燥した「沙河粉」が売られていた。土産に買ったことはいうまでもない。その戻し方に工夫を要したが、旨かった。