2007/03/07

閑話休題~マカオ・香港の旅(16)


 「腸粉」を知ったのは香港に通い始めてしばらくのことだ。飲茶の点心にあったからだ。
 見かけは「小腸」のようだ。しかし、洗浄した豚や牛の腸のどこかくすんだ色あいと違って、「腸粉」は乳白色である。それも、畳んで包まれている。へなっとした形状だ。注文すると老抽に生油を混ぜたたれをかけてくれる。つるんとした滑らかな舌触りで、噛み締めればスっと歯が入るが、いくぶんか粘着質で、ぺたっとしている。噛み締めると米の味、風味がする。 
 街中には「腸粉」の専門店もあった。店先に方形の蒸籠が積み重ねられていて、その横で、蒸しあがった平ったい方形の「腸粉」を、出し巻き玉子をつくるような要領で、畳み、包んでいたりする。そんな光景を何度も見かけた。そんな「腸粉」の原料が米であることを知った時、正直、驚いた。
 「河粉」のことを知ったのは粥麵屋でのことだ。周りのテーブルを見ると、明らかに「麵」とは異なる汁物を食べている人がいた。乳白色で、幅広い、ひもかわ状のものだ。それが「河粉」であることを突き止め、すぐさま試した。米が原料であることも知った。
 が、当時、それが「ビーフン」と同一種のものだとは思いあたらなかった。それまで知っていた「ビーフン」とは、形状が違っていたからである。さらに「河粉」よりも細い形状の「米粉/マイファン」の存在も知った。
 「麵」にはいくつかの種類があること。「米」を素材にした加工製品が「粉」であり、それにもいくつもの種類があること。料理店に限らず、粥麵店、小食店、餐廳、咖啡舗などでは、それらが常備されていること。それらから好みのものを選びだし、ついで、「炒(炒める)」、「撈(和える)」もしくは汁仕立てといった調理方法、さらには具を選ぶ。それぞれ好みに応じて注文していることを知った。

 ところがである。料理店、粥麵店、小食店、餐廳、咖啡舗では「粉麵飯」類常備され、「粉」と「麵」は、それぞれ用意されている。が、その調理など、いささか異なることを知ったのだ。
 たとえば「撈麵」。あえそばだが、主に料理店と粥麵店で見かけるメニューである。が、料理店と粥麵店の調理方法はいささか異なる。
 「撈麵」でもっともシンプルなのは「姜葱撈麵」。生姜と葱の細切りのあえ麵である。それが、粥麵店の場合には、茹でた麵に、細切りの生姜、葱を載せ、少々の油、あるいは、老抽と油を混ぜたタレがかかっているだけ。素朴で簡素としか言うより他ない調理方法による一品だ。それが、料理店のメニューにある「姜葱撈麵」だと趣も異なる。生姜と葱の細切りを炒めたあとで、上湯、もしくは、二湯のだしが注ぎこまれて、ひと煮立ち。場合によっては、打獻、つまりは生粉などによるとろみ付けが施されていたりもする。そして、ひたひた、もしくは、適度に汁が残されている。
 つまり、粥麵店のほとんどは、茹でる、という調理は行っても、炒める、という調理は行わない。
 たとえば、これまでに触れてきた「好旺角」だが、看板の料理のひとつ「炸醬麵」の「炸醬」を作るにあたって、「炒」の作業は欠かせないはずだが、店のメニューには「炒麵」もしくは「炒粉」の類はまったくない。「好旺角」をはじめ、粥麵店のほとんどがそうだ。
 それが、餐廳、時に小食店や咖啡舗になると、いささか事情が異なる。そこには「炒麵」、「炒粉」がメニューに並んでいたりするのだ。

 「炒粉」の中で、代表的なメニューであり、広東料理を看板にする店なら、必ずあるものに「星州米粉」がある。カレー味のビーフンの五目炒め、といえるだろうか。但し、「炒」の料理を扱わない粥麵店にはないのが面白い。それとともに、いや、もしかしそれ以上に香港人が愛してやまないのが「河粉」の炒めもの、それも牛肉を具にしたものだ。
 牛肉を具にした「河粉」の炒めものは2種ある。「干炒牛肉」と「牛肉炒河」、もしくは「菜遠牛河」だ。似たような料理名だが中味は異なる。
 前者は「ドライ」、後者は「ウエット」とも称される。つまり、「干炒」は、牛肉などに野菜などの具を先に炒め、そこに「河粉」をあわせ、老抽などで味付けしたもの。
 「炒河」、「菜遠牛河」は、「河粉」を炒め、それとは別途に牛肉、野菜などの具を炒め、味付けし、とろみあんかけを施した上で、先に炒めておいた「河粉」にかけたもの。もともとは「牛肉炒河」、「菜遠牛河」が「河粉」炒めの本来の料理方法だった。そして、コロンブスの卵的発想!?による「干炒牛肉」が生まれた。
 それは、日本軍が広州を陥落した前後のことだった、というからその歴史は案外浅いのである。 
 画像は、永華雲呑麵家の「爽滑雙丸河」、牛肉の団子、魚のつみれ団子を具にした河粉の汁仕立てなのだが、河粉は沈んでいて見えない!