2007/08/05

夏の広東地方の郷土料理のパート②の①




 
 
 
 
 
 思いがけず、夏の広東地方の郷土料理を食べる一夜が、再度実現。
 3年前だったか松任谷由実の香港公演を取材した際、知り合ったのがクリエイティヴ・プランナー、ディレクター&デザイナーの青木保夫さん。無類の広東料理好き、と私が勝手に決め付けてしまうのは、香港で食事をご一緒して以来、東京でお目にかかる機会があったのはいずれも広東料理店でのことばかり。そんなことが重ねれば単なる偶然とも思い難い。
 話を伺えば、基本は和食好き。ついで中国料理だそうだ。食事をご一緒しましょ、という話がようやく実現。
 仲を取り持ってくれたのは、香港で一緒だった元EMIで現BMGの藤原クン。かつて空手青年だった、なんていうといかついガタイでスポ刈りのガニ股男を思い浮かべそうだが、そんなイメージとは程遠い。波打つロマンス・グレー・ヘアーに銀縁眼鏡、という面持ち。そこはかとなくちょい悪おやぢ系の面影も、というやさ色男風、である。

「お店、メニューは小倉さんにまかせますから」とのことで、旬の素材を使った広東地方の家郷菜、家常菜を中心にしたコースに決定。ということなら福臨門以外、それに応えられる店は東京にはない。
 いくつか青木さんからのリクエストもあり、福臨門のスタッフにも相談して内容を任せたメニューも含め、当日並んだ料理は以下の通り。
①雲腿金銭鶏肝、中国ハムと鶏の肝、豚肉、豚背脂の重ね焼き
②老火湯(大脷蓮藕鱆魚煲豬爭)、蓮根、干したこ、豚肘肉、豚舌のスープ
③涼瓜炒帶子蝦球、貝柱、蝦、苦瓜の醗酵黒大豆みそ炒め
④冬瓜火腩炆腐件、冬瓜、焼肉(皮付き豚あばら肉の焼き物)、板湯葉の煮込み
⑤脆皮焼乳鴿、鳩の丸揚げ
⑥榨菜蒸肉餅、榨菜入りの豚のひき肉の蒸し物
⑦海味雑菜粉絲煲、干貝柱、するめいか、野菜と春雨炒め煮込み
⑧茄子炆紅斑、青茄子と揚げた紅はたの煮込み
⑨生菜絲咸魚炒飯 塩漬け醗酵魚とレタスの炒飯

 ①は、先に夏の広東地方の郷土料理、dancyuの8月号でも紹介してきたもの。青木さんのたってのリクエストです。
 それで、今回のコースのメイン(大菜)は鳩と紅はたの揚げ煮込みってことになる。
 人数が多く、本核的な宴会用のコースなら冬瓜盅を用意。それも八寶冬瓜盅ではなく、ふかひれ入りの魚翅冬瓜盅にすれば豪華な一番の大菜になる。ですが、いかんせんメンバーはわずか3人。冬瓜盅を食べ切れる人数ではない。ということから、冬瓜を使った湯(スープ)か、何か夏向けの煮込みスープの煲湯をリクエスト。
 実は、神戸に生まれ育った私は、ご飯に味噌汁というのが苦手です。というより、物心つく頃からご飯と一緒に食べるのはもっぱら澄まし仕立てのおつゆ、でした。赤出しを知ったのは、子供の頃の外食のハイライトのひとつだったとんかつを食べるようになって知ったぐらい。そのとんかつも、子供の頃はひれオンリー。ロース(とん)カツ旨さを知ったのは、東京に来てからのことでした。と、話が横道にそれました。
 ともあれ、香港には、私が子供の頃、ご飯と一緒に食べたおつゆに通じるものがある。
 例湯です。
 だしの素になるのは煎り焼きにした川魚の生魚、豚の赤身肉、脛肉。家鴨の新鮮な砂肝や干した砂肝などです。
 乾物を使うとしたら、せいぜい蝦米(干し蝦)ぐらいで、瑶柱(干し貝柱)は贅沢な高級品だから滅多には使わない。鶏肉も高価で贅沢だから使わない。家鴨肉を用いることもあるが、皮裏の脂肪分が味を濃厚にしてしまうこともあるから、湯などよりも煮込み料理に使われる。
 牛なら、脛肉かばら肉か腹身肉。ですが、牛肉には独特のクセと香り、というよりも特有の匂いと味があるから、牛関係の部位はそれだけで調理、というのが一般的。
 そこに新鮮な旬の野菜、青菜や根菜、さらに干した根菜などをふんだんに使い、棗や杏仁(杏仁豆腐になる中国アーモンド)や漢方素材などを適宜組み合わせて、とろ火で延々煮込む、というより、煮出し続ける。ですから「煲湯」というだけでなく「老火湯」とも言います。
 夏場には、冬瓜、早稲の冬瓜である節瓜を使った例湯が登場。そんなつもりもあって冬瓜を使った例湯だが、福臨門の張漢華料理長が用意してくれたのは、②の大脷蓮藕鱆魚煲豬爭。蓮根、干したこ、豚肘肉、豚舌のスープでした。
 蓮藕鱆魚煲豬爭は私の好物のひとつ。
 豚の肘肉、干したこが旨いだしを作り、そこに蓮根の甘味、香りが加味される。
 この煲湯には、赤い棗の紅棗、それに、隠し味に陳皮を加え、だし、ことに蓮根が生み出す甘味を引き立てるのがその特徴。自然で無理のない味、香り、風味があります。
 そこに、なんと豬脷が!
 というのははじめての体験。いや、サービスの人が言うには、牛舌ですってことだったし、見かけはその感じ。ところが、食べてみると、牛舌にしては脂肪分が多い感じだ。それに、基本のだしとの組み合わせから考えても、牛関係の肉、部位、内臓を加えると、クセのある特有の味、香りのせいでだしの味をそこねない、はず。
 旨い!なんて思いながら、その一方で「これって、豚の舌じゃないかい?」なんて自問が続きました。後で尋ねたら、案の定、豚舌の豬脷でした。
 そして、③の涼瓜炒帶子蝦球、貝柱、蝦、苦瓜の豆豉(醗酵黒大豆みそ)炒め。
 正直いって、料理は冷め加減。私が画像を撮ってる間に、冷めたのかも。
 ところが、貝柱の表面にはしっかり火が通っているのに、噛み締めるとすっと歯が入る柔らかさ。しかも、ジューシーで甘味が立っている。
 一緒に食べたのが苦瓜。火の通りが抜群で、ほろ苦さと青い爽やかさ、それに、甘味がある。さらに、細かにみじん切りにされた(その切り方の技が見事)豆豉が生み出す発酵味、細切りの赤唐辛子が生み出すほんのりのピリとっした辛味、そう、スパイスの効いた味わいなども入り混じったもの。
 貝柱、苦瓜、それに豉汁の味、風味が織り成すハーモニーは実に見事。蝦の火の通しかたも抜群で、ぷりっとした触感だけでなく、日本の蝦とは思えない甘味があって、豉汁それを引き立てる。
 銀座福臨門の料理長の張さんの技はすごい。
 画像は、大脷蓮藕鱆魚煲豬爭。あ、具の豚舌がみえません。それに涼瓜炒帶子蝦球。美しいです。