2008/05/23

春の広東地方の郷土料理の8

 この「江南百花鶏」。
 まず、鶏を丸ごと一羽使います。その骨を抜いて身を平らにする。
その肉の厚み、按配を図りながら、その上に蝦のすり身を張り詰める。
 もちろん、均等な厚さになるように、です。

 この料理のポイントは蒸し加減。 つまり、鶏肉に火が通り、しかも、上の蝦のすり身「爽脆」なのが肝心。ということで見逃せないのがえびのすり身の下拵え。
「爽脆」というのは、えびのすり身がぷりっとした歯触り、しっかりした噛み応えがあるってことで、必須の条件。広東人の好みです。
 この料理に限らず、えびのすり身すべからくそうあるべし、なんだそうで。

 えびのすり身が「爽脆」な状態、触感を生み出すには、えびのすり身作りの過程ですべてが決まる。
一番肝心なのは、すり身にしたえびを練り合わせ、攪拌する際、必ず一定の方向に、というのを遵守。それが、一回でも逆方向に混ぜたりしたら、えびのすり身は「爽脆」どころか、へたれちゃって、べたついた感じに仕上がってしまう。それだけでなく、風味を損ねてしまうから、というのがその理由。「「霉」っていうんだけど、かび臭い感じ、っていうのかな」と徐さん。

 香港でこれまでいろんな料理人に取材してきましたが、えびのすり身に限らず、魚のすり身、淡水魚の鯪魚をすり身にしてつくね状にした「鯪魚球」などその最たるものですが、「すり身を攪拌する時には、必ず一定方向を遵守!」というのは、いつだって耳にする話。

 多くの料理人だけでなく、麵屋の御主人にえび餃子の「水餃」や「雲呑」の下拵えの話を聞いた時もそうでした。
ネットで紹介されてるえびや魚のすり身作りのレシピにもそのことが明記されてます。

 「ン!?、その理由? なんて尋ねられてもなあ…… だって、昔からそうやってきたんだし、そのままやってるだけで、理由っていわれてもなあ!それが当たり前、なんだから!」。

 「だから、それがなんでまた、そうなのか知りたいんだけど!」 と、しつこく食い下がっても 

「だって・・・・そうじゃないと、良くないんだよ!美味しないし!」 とまあ、要領を得ませんでした。
 その理由が、徐さんの言葉で氷解!

 香港の広東料理店で味わう飲茶の点心の「蝦餃」、それだけじゃなくって街中の粥麵店での「鮮蝦水餃子」やえびのすり身入りの「雲呑」のあのぷりっとした触感、日本で食べるそれとは何だか違う!そう思われた方は少なくないはず。その理由、秘密がその話からも解決できるんじゃないでしょうか。

 「江南百花鶏」はえびのすり身に調味料を加味し、鶏の上にのばすように貼り付けていく。
それを蒸す段階で、鶏肉には火が通り、上に乗っかったえびのすり身は「爽脆」な触感があることが、必須の条件。

 ところが、えびのすり身、実にデリケート。火が通りすぎると、身が柔らかくなり、へたれて「爽脆」ではなくなり、風味を損ねる。
 ということでは、えびのすり身、鶏肉をバランスよく蒸しあげる、とまあ、その見極めも肝心。

 そして、最後には蒸した鶏肉から滲み出る肉汁に上湯、卵白を加えて仕上げ。
 その最後の仕上げの段階でも、鶏がえびのすり身を抱えてるような状態だと、えびのすり身に火が通り過ぎて「爽脆」な状態ではなくなってしまうことがある。
 そんなこともあって、えびのすり身は鶏肉の上に、というのが、福臨門のスタイル

 出張料理、ケイタリングの専門店だった頃からのことで、どうやら、福臨門の創業者、徐福全さんの創意、工夫によるものらしい。
それも、長年の顧客からの要求があった時に限って作ったものだそうで、店で供されることは滅多にない、という知る人ぞ知る料理の一品です。















 碗仔で取り分けられた「江南百花鶏」。その切り身の下にはだし。
 そうか、これって椀物のしんじょ、なんて思ったりして。
 もっとも、椀物のしんじょ、だしがたっぷり。椀だねのしんじょも、どちらからといえば、滑らからでとろけるような舌触り、ってのがほとんどじゃないでしょうか。

 それからすると取り分けられた「江南百花鶏」だしは少なめで、碗仔の底にひたひた以下の感じ。
 それに「江南百花鶏」、えびのすり身はぷりっというよりもしっかりの歯触り、噛み応えのある弾力、硬さがあります。その下には鶏肉が。

噛み締めると、えびのすり身と鶏肉と、ふたつ異なる歯触り、噛み応えの触感の妙。えびのすり身からは甘味、旨味。鶏肉はジューシーな肉汁がほとばしる。洗練された気品のある繊細な美味、風味が堪らない。

 上湯と蒸した際に滲み出た鶏肉の肉汁があわさっただしは、淡白で清淡な趣。まさにエレガントというにふさわしい一品。

 洗練の美味にうっとりとなりました。

2008/05/21

春の広東地方の郷土料理の7


 「江南百花鶏」の登場です。
 「婆参荷包翅」と並ぶ今回の宴のハイライト!
 福臨門の「江南百花鶏」は18年ぶりのご対面!
 90年の「GULIVER」の香港取材の際、ジェイムス・ウォン/黄霑と福臨門の九龍店で対談。
 黄霑は福臨門のケイタリング時代の料理を子供の頃から体験、という話もあって、当時のメニューを、というリクエストに応えて登場となったもの。その洗練された美味は、今だ鮮明に記憶に残ってます。
 この「江南百花鶏」。
 かつて広州には「廣州四大酒家」と称された名店が4軒ありました。
 「大三元」、「文園」、「南園」、「西園」がそれ。
 そのうち「文園」の名品とされたのが「文園江南百花鶏」。
 HKのGOOLEで検索すれば、その話題が色々ヒット。
 ここ最近の懐かしい昔ながらの料理「懷舊菜」ブームもあって、「「文園江南百花鶏」を再現!」なんて話もあります。

 それがハッピーヴァレー/跑馬地のジョッキー・クラブにある滿貫廳、紅磡の黃埔花園の蔡瀾美食坊の「正斗粥麵專家」というのが面白い。
 ことに「正斗粥麵專家」、さすが蔡瀾さんプロデュースのフード・モールの店です。「懷舊菜」の流行を睨んで、伝統的な料理を再現、とは目の付け所が鋭い!
 そういえばこの「江南百花鶏」、90年代半ば、97年の中国への「回帰」を目前に訪れた「懷舊菜」ブームの際にも、一部の店でやっていたことから話題になりました。
 家鴨に荔芋のすり身を乗っけて揚げた「荔芋鴨」などとともにです。
 確か「鏞記」も「懷舊菜」を積極的に紹介した時期にやってたはず。

 ところで、福臨門の「江南百花鶏」。最近になって再び話題になりはじめた「文園江南百花鶏」とは少しばかり違います。
 というのも「文園江南百花鶏」は、鶏一羽、骨をこそげて身を開き、その内側にえびのすり身(蝦膠)の餡を張り詰め、それをひっくり返し蒸したもの。つまりは、鶏がえびのすり身を抱きかかえるような形にして、蒸しあげてあります。それに、仕上げには夜来香や菊の花びらをまぶしてある。

 ところが福臨門の「江南百花鶏」。
 画像でも明らかなように、腹ばいになって寝そべった鶏の身の上に、えびのすりみを張り詰めてあります。鶏がえびのすり身を背負ったような按配で。そこに腿の微塵切りをまぶし、卵白を加えた上湯をかけて仕上たもの。

 どうして鶏が蝦のすり身を背負った格好?
 たまたま日本にやってきていた福臨門の徐維均さんに話を聞きました。
 この「江南百花鶏」、実は料理人泣かせで、その力量を問われる難易度の高い料理のひとつ、なんだそうです。

2008/05/18

閑話休題~三社祭


閑話休題、別編でひっぱります。
なんたって三社祭、ですから!

今年、本社は出ません。
「本社は出ないそうで、浅草、いつもより人出少なめ!」
なんてTVが報道したそうで、その影響がどうか、
午後過ぎてから、一挙に人出が増えて、仲見世、人だかりでびっしり。

午前中、午後と宝蔵門の潜り抜けだけ御輿に触ったりして!
宵宮は雷門からスタート。
もちろん、雷門、それに、宝蔵門
行きも帰りも、その時だけしっかり御輿に触ったりして !

歳、くってるもんで!
なんて、いいわけしながら、美味しい担ぎ所は絶対に逃さない、という随分な親父です

明日も午前、午後、それに、本社のない分、宵宮あり
なんで、宝蔵門、雷門、潜る時には、しっかり御輿にさわります!
photo by Kohno

2008/05/13

閑話休題 広東料理とワイン

 ところで、この日のお酒。 口開けはピペール=エドシックのロゼ。

 かなり赤味がかった色合いで、果実のような甘さ。 前菜の「千層峰」の豚耳のねっとり系のゼラチン質、や豚脂の甘味、「炸大腸」の豚脂のこくのある甘味との相性はぴったり。

 そんな前菜の登場の前後から、ワイン通の青木、景山、海津の3人が、ワインの順番をどうするか、なんてことで鳩首会談。

 今では季節ごとに恒例化と相成った「青木宴」では、中国料理、ことに伝統的な広東料理を継承、踏襲し、上品で洗練された独自の味、風味を特徴にする福臨門の料理の数々にふさわしいワインは何か、というのがのテーマのひとつにもなってきました。

 なんて、大げさな話ではなく、料理にふさわしい、料理と相性のいいワインをあれこれ試し、飲みながら、楽しみましょう、っていうのがその基本。
 しかも、まずは料理ありてワインあり、とまあ、あくまで料理が主人公というのも基本です。

 そんなところで問題となるのが、中国料理のコースの組み立てと流れ。
 ひとつひとつの料理にあったワインはあらかた想像がつく。想像を逞しくもできます。
 ところが、中国料理のコースの流れ、組み立ては独特。

 本格的な宴会料理では、たいていの場合、前菜のあと、いきなりその日の主菜、主に干貨素材による料理が登場。さらには干貨素材によるしっかりした煮込みものなども登場します。それから、炒め物や揚げ物、さには蒸し物といったように、穏やかな優しい味になって、淡白なもので締めくくり、といったコースの変化、流れがほとんどです。

 家族や友人、知人とのくだけた仲間でコースを組み立てるにしても、前菜があったりなかったり。「湯(スープ)」から、なんてのも珍しくない。ですが、その日のメイン、楽しみな美味しい御馳走は、「湯」の後や、少なくとも半ばあたりまでに登場、というのが一般的。

 それからするとフレンチなどでは、さっぱりとした前菜からはじまり、イタリアンではさらにパスタなんぞをはさみながら、メインディッシュへ。しかも、しっかりした味、時には濃厚な味付けの料理がほとんどで、ワインもその流れに合わせて選んでいくのが一般的、じゃないでしょうか。

 もちろん、幕開けはしっかりフォアグラのパテ。なら、やっぱり甘美で濃密なソーテルヌ!なんてこともありうるわけで、私はそういうのも大好きです!
 あ、いっちゃんすきかも!
 
 ということからも明らかなように、ま、概しての話ってことになりますが、料理の構成、味わいの変化、その流れ、中国料理とフレンチ、イタリアンとは対照的。
 フレンチ、イタリアンは、概して裾広がりの三角形。
 それからすると、中国料理は逆三角形、ってことにもなります。

 かつて「男の食彩」という料理番組のキャスターを担当していた当時、春と秋の時期、月に一度は、田崎真也さんのワイン講座がありました。 その中で、中国料理が取り上げられたことがあります。その時には、中国料理のコースのすべての紹介は番組では難しい。ってことから、取り上げたのは「ふかひれの醤油煮込み」などいくつかの品でした。

 取り上げた「ふかひれの醬油煮込み」は新世界菜館のもので、社長の傳さんもゲスト出演し、解説、紹介していただきました。
 そん時の田崎さん、中国料理の「ふかひれの姿煮」には、ワインなどもよりも吟味したポルト酒がぴったりなのでは、と提案。

 なるほど、面白い。
 新世界菜館の「ふかひれの姿煮」には、ぴったりかも。
 しかしながら、その提案の背景に、田崎さんの中国料理、さらには「ふかひれの姿煮」、そして、中国料理における酒の組み合わせに対する固定的な概念、イメージがあって、それに導かれてのものじゃないんだろうか?との素朴な疑問を覚えたものです。

 というのも、新世界菜館の「ふかひれの醬油煮込み」は、上海式のそれを下敷きにしたもの。
 傳さんから詳しく聞いたわけではありませんが、私にとって新世界菜館の料理の数々は、上海というよりも、寧波風味といった印象を受けます。
 もっとも「ふかひれの姿煮」に関しては、だしとともに醬油味、それに旨味だけではなく特有の甘味がありました。言わば、日本に定着した上海式それの印象が濃厚。しかも、日本で「ふかひれの姿煮」として広く一般に浸透し、親しまれているものに通じます。

 そして、田崎さんが提案したポルト酒。
 それから私がイメージしたのは、紹興酒に他なりません。
 そうか、田崎さんも、やはり、中国料理と言えば、紹興酒。「ふかひれの姿煮」には、紹興酒というイメージ、固定概念から逃れられないのかなあ、なんて思いました。

 確かに、上海系の料理には、それも、上海系の「ふかひれの姿煮」には紹興酒がぴったりかも。
 それに、日本で一般に定着している広東料理には、あてはまるかもしれない。
 ですが、香港のそれ、ことに、ふかひれの料理には………………
 紹興酒、という組み合わせは、あてはまりません。

 それについては、いずれまた。
 もっとも、田崎さんの「ふかひれの姿煮」にはポルト酒を!という提案。
 ちゃっかり戴いちゃって、時にはそれを楽しんでます。

 その後、田崎さんとは「裸の少年」のロケの収録中だった浅草の「龍圓」で再会!
 「ね、ね、小倉さん、これ「ハモン・イベリコ」を使った上湯だって!」 と、龍圓ご自慢の「龍圓特製チャーハン(上湯【スープ】添え)」の「上湯」を、いきなり薦められました。

 「いや、田崎さんって凄いですワ。一口味わって「これ、どんぐりの味がする!」なんて、見破られちゃいましたから!」、と栖原さん。

 栖原さん、もともとは上海料理畑の出身。甘味と醬油の使い方、その工夫やセンスがその経歴を物語ってます。
 ですが、ここ最近、香港の広東料理にも関心を持って、機会を見つけては香港行脚。だし作りでは広東料理の手法も取り入れて、という意欲あふれる料理人。

 そういえば、あん時、田崎さんに、火腿を素材にしただしを使った料理にふさわしいワインの組み合わせ、聞けばよかった。
 今度、田崎さんに出会う機会があったら、尋ねてみます。

 ところで、中国料理、それも広東料理におけるコースの組み立て、味の変化、流れ(って、私の勝手な解釈によるアレンジもありますけど)、料理のクライマックス、宴がはじまってすぐにありと察知した青木さん。
 ワインの開栓、宴の始まる時刻では遅すぎるってことで、秋や冬の宴には、選んだワインを昼から開栓。今回の宴では、前日から開栓、と相成った次第らしい。その周到さには、おそれいります!

2008/05/12

春の広東地方の郷土料理の6















 この日の宴の花、「大菜」のひとつ「婆参荷包翅」の登場です。

 「このなまこ、でかいね!どこで採れたもんなの?」
  と斉藤さん。
 「八尾さん、よろしく!」 
 と、今回、料理紹介の話は八尾さんにまかせっぱなし。
 「「婆参」と申しまして、東南アジア産のなまこでして、日本で(収穫する)ものとは、大きさが違います」と八尾さん。
 付け加えれば、香港では「豬婆参」、母豚の乳房に似た形状ってことで、ことにインドネシア産のものが良質とされ、戻すと柔らかく、また、味が濃いってのがその特徴。

 「このふかひれの姿煮、これもでかいね!」
 と、斉藤さん。
 眼鏡の奥の瞳がきらきらとハートマーク。

 「荷包翅」については、2006年12月24日の当ブログで触れてきましたっけ。
 改めて紹介すれば、「荷包翅」は金山勾の高茶翅(アオザメ)などによるもので、その名称、財布のような形態をしていることにちなんだもの。

 見かけは日本の中国料理店の多くで出会える「ふかひれの姿煮」に使われているふかひれに似ています。
 ふかひれの形態をそのまま残した「排翅」ですが、日本などで一般に「排翅」として流通している「よりきり/牙揀翅」、「もうか/摩加翅」とは、資質、味、風味が異なります。
 翅針は細いものの、滑らかな舌触りで、柔らかな噛みごたえ、独特の風味を持ってます。

 扇状になったふかひれの根元は、乱雑で不揃いですが、それこそは原ひれから手間隙かけて戻された証。
 日本の中国料理店で一般に流通している根元が綺麗に処理された「よしきり/牙揀翅」、「もうか/摩加翅」の「排翅」は、専門業者によって戻し加工処理が施された製品化されたふかひれで、磯臭い匂いが除かれずにいるものもあって、むしろ磯臭いのが当たり前、なんて認識もあるぐらいですから。
 そのあたり、内臓、ことに胃、小腸、大腸、直腸の処理にも通じることかもですね。

 なんてことを書いてるうちに、かえすがえすも「ヘイフンテラス」で「気仙沼産!」のふかひれを試さなかったことが、今となっては悔やまれてなりません。
 って、私もしつこい?
 いや、執念深いだけのことです!!!!!

 今回の「婆参荷包翅」、以前、家庭画報の取材の際に出会ったのは「鮑汁」が利いたこくのある味。
 それに比べて、ライトで、すっきりとした味わいで、だしの味、風味の印象が強い。その分、ぷりぷりの舌触り、歯触りで、くねっと身をよじらせるような「婆参」の柔らかさ。それに「荷包翅」も、だしをふくんだ「翅針」の塊を頬張った時のぐじゅっとした触感、素材の資質、持ち味を認識。

 そんな「婆参荷包翅」とぴったりだったのが、04年のグラン=エシェゾー。
 「福臨門のしっかりしただしには、やはりあいますね」と、それを選んだ青木さん。
 
 青木さん、前日に開栓を頼んでいたそうで、その点、抜かりがない。 おまけに、景山さんの選んだコルトン('98)、海津さんの選んだコス=デストゥルネル('94)も同様に24時間前に開栓していた、なんて話に、目を丸くしました。
 ワイン好きは、やることがちゃう!
 そこまでやるか?
 と、関心しきり。
 おそれ入りました。

 むろん私だって、それに負けじと……
 って、あ、そか、メニューを考え、素材の調達を按配したくらい。
 岸さんと福臨門のスタッフには、手数と苦労のかけっぱなし……
 でした、ね。

 画像は「婆参荷包翅」。
 しっかりしただし。ぷりぷりの舌触りの「婆参」。
 だしを含んだ「荷包翅」のじゅわの触感、旨さがよみがえります。

2008/05/09

春の広東地方の郷土料理の5

  「それでは八尾さん、料理の説明を!」
 「はい、かしこまりました。
 え、この「豬肺杏仁湯」ですが、まず、豚の肺を流水に1時間ほど晒しまして
 下準備をしてから「煲」という方法で4時間あまり煮込みまして、
 それから2時間かけて「燉(湯煎蒸し)」に致しました」

 八尾さんの話に、テーブルの一同が、いっせいに驚きの声。

 「え~! そんなに手間隙、かかってんの!
 すごいな、信じられない!
 っていうより、そんなの普通、考えられませんね」 と、感嘆しきり。

 そんな声を耳にしながら、せっせと匙でスープを口に運ぶ私。
 滑らかで、緻密な舌触り。
 ン!?  と思ったのは、味にしっかりとしたこくがある。だし入りの感じがする。

 「豬肺杏仁湯」といえば「陸羽茶室」のそれが有名です。
 他にも試したことが何度があります。
 で、「陸羽茶室」の「豬肺杏仁湯」、乳白色で、味は素朴で清楚。
 滑らかながらも、ざらっとした感触が舌に残ります。
 ところが今回の「豬肺杏仁湯」、黄色がかっていてクリーミー。
 しっとり潤んだような滑らかさで、優しく舌を撫でていく。
 そして、かすかな渋味、ほろ苦さ。杏仁の味、風味でしょう。
 それとともに、ふくよかなこくのある芳醇な味わい、風味がありました。


 「あの「豬肺杏仁湯」ですが、「煲」にしますか?それとも「燉」で?」
 と、八尾さんから連絡があったのは、素材の調達が可能とわかり、コースのメニューの最終決定でのことでした。
 
 そう尋ねられ、一瞬、答えに詰りました。
 私が知る限り、というか、私がこれまで出会った「豬肺杏仁湯」、ほとんどが「煲」のはずで、私にとっては「湯」に関してバイブルともいうべき某著(ふふ、教えたくな~い!)でも、昔ながらの調理方法では基本は鍋でじっくり煮込む「煲」のはず。
 
 湯煎蒸しの「燉」って方法がある、というのは耳にしたことがありませんでした。

 「そうか「燉」というのもあるんだ。
 う~ん、じゃ、今回は、おまかせします!
 でも、もし今回「煲」にするなら、今度は「燉」でね!」
 とまあ、その辺は、強引であつかましい小言ぢぢい(って私)です。

 その結果が、4時間の「煲」と2時間の「燉」。
 そのプロセス、調理や味付け、改めて八尾さん、キッチンに確認の要ありですが、思うに「陸羽茶室」のそれとは違ったのは、やはり2時間の「燉」に鍵がありそうで。

 クリーミーで、しっとり潤んでいて、優しく舌を撫でる滑らかさ、こくのある奥深い味わい、滋味豊かと言う以上に旨味がある、ってことの秘密はそこにありそうです。
 もしくは、こくを生む肉類が、素材に含まれていたのかも。

 福臨門で初めて食べた「豬肺杏仁湯」。
 紛れもなく福臨門スタイルのそれ。
 上品で、洗練されたものでした。

 「参りました!」


 












 肝心の「肺」は、画像でご覧の通り。
  その触感、噛み応えは、じゅわじゅわ。火を通し気味なねっとり感を抜いた白子のようだし、少々繊維の立ったマシュマロ風の柔らかさ。たっぷり味を含んでいて、噛み締めるとジュシーな味が弾ける、といった趣です。

 肺、といえば、吸い込んだ空気を送り込む気管と血管で形成。つまり、下拵えの水晒しというのは、水を吸わせて、気管と血管を清浄。水を吸わせて、水を押し出す作業が必要。という話からも明らかなように、ま、スポンジ状態なわけです。

 後で「はぎちく」の岸さんに「豬肺杏仁湯」について御報告。

 「あ、その触感、想像がつきます!
 けど、味はわかんないな。想像もつきませんね。
 それ、食べたみたないな!

 それより、下拵えの手間隙のかけ方、すごいですね。
 そこまでやるとは思ってもみませんでした」
 とのことでした。

2008/05/07

春の広東地方の郷土料理の4

 豚の内臓の各部位の調達、福臨門の希望通り入手が可能だと岸さんのからの返事が戻ってきたところで、今回の「青木宴《春編》」の料理内容、コースの内容を再検討。

 今回は、これまでの青木、藤原の両氏に、前回以来の元EMIの斉藤さん、それにEMIに出戻った景山富士夫氏、雲母社からロッッキン・オン社に移った海津亮氏も参加。
 そのふたり、青木さん、斉藤さんなどと某ワインの会のメンバーだそうで、ワインにはことのほか詳しく、一家言お持ちとのこと。

 さて、福臨門でコースを組み立てるとなると、看板の魚翅はじめ干貨素材を素材にした料理が組み込まれていないと、その意味もなければ価値もない。
 旬の素材をメインに郷土料理、家庭料理を楽しむにしても、宴会の花となる「大菜」があってこそそれぞれの持ち味、妙の対比も楽しめるというもの。

 今回、初参加の景山、海津の両氏、前回以来の斉藤さんも、すでに福臨門で主要な料理は一通り体験済とのことだったので、少しばかりひねりを加えたふかひれの料理を。
 そこで思いついたのが「婆参荷包翅」。

 「婆参荷包翅」、06年暮れの「家庭画報」の中国料理特集でも紹介しましたが、もとはといえば銀座の福臨門の長年の顧客のリクエストから総料理長の呉さんが工夫し、考案というスペシャリティでメニューにはない一品。「家庭画報」の取材時に味見して、あ、これはそのうち!と、狙いを定めていた一品です。

 もう一品の「大菜」は、「江南百花鶏」。 今年に入ってだったか、その料理、丸の内の福臨門で実現、という話をスタッフから耳して以来、なんとかして食べたいと願っていた一品です。

 昔、そう、18年前のことになりますが「GULIVER」というトラベル・マガジンの香港特集を手伝った際、福臨門に出向けばいつもテーブルが隣あわせだったジェイムス・ウォンと、福臨門の広東料理について対談。

 そのジェイムス、子供の頃、李香蘭のレコーディング・セッションにハーモニカで参加、という経歴がご自慢。香港大学出身の頭脳明晰なエリートで、当時、香港には皆無だったというPR会社を設立する一方、作詞、作曲、コラムニスト、歌手、俳優として活動し、香港のマスコミでも一目置かれていた人物。ジェイムスは叔父が何かと言えば福臨門の出張料理を依頼、なんてことから、子供の頃から福臨門の味になじんできたそうです。

 ともあれ、ジェイムスに色々昔話を聞いた際、福臨門が用意してくれた料理のひとつが「江南百花鶏」。 その美味は今だに忘れ難い。 それ以後も、他の店で同じ料理を食べてきましたが、福臨門でのそれを越えるものには出会えなかった。

 そんな「江南百花鶏」が、丸の内の福臨門で実現!
 なんて話を耳にして、今回の「青木宴《春編》」、場所を銀座店から丸の内店に移そうかと思い悩んだほどでした。
 そしたら銀座の福臨門でも可能だという話。
 その話を聞いて盛り上がったことは言うまでもありません。

 それに、春の味、郷土料理、家庭料理的な趣向のもので、はまぐりを素材にした「蛤蜊燉蛋」がある。

 以上、3品をメインに据えて、組み立てたのが以下のようなメニュー。

○千層峰(豚耳のよせ物の冷製
○炸大腸(大腸の揚げもの)
○豬肺杏仁湯(豚の肺と杏の実のスープ)
○婆参荷包翅(なまことふかひれ(荷包翅)の煮込み
○白灼腰花(豚の腎臓の湯引き)
○江南百花鶏(蝦のすり身のせ、鶏(一羽)の蒸し物
○油泡肚尖欖仁(豚の胃と中国オリーブの身の油通し)
○韮菜銀芽炒心肝(豚の心臓、肝臓と韮、もやしの炒め物)
○蛤蜊燉蛋(ハマグリの卵蒸し)
○蝦醬炒通菜(空心菜のえび味噌炒め)


 なまことふかひれの「婆参荷包翅」、「懷舊菜」というにふさわしい「江南百花鶏」に、春らしいはまぐりの「蛤蜊燉蛋」。
 前後して、前菜、スープ、油通しに炒めものなど、内臓類の料理がどうしても目立ちます。

 素材、舌触り、歯応えなどの触感、調理、味つけ、味わい、風味などの変化を考慮しながら、あれこれ考えを巡らせ、味付け、調理を他のものに置き換え、入れ替えを繰り返しんがら、辿りついたプランです。

 いつものミッシェルに相談してみたら
 「とっても、おもしろい」
 という言葉に次いで
 「香港でも滅多にないコースの組み立て方ね!」 
 との返事。

 私もそう思いました。
 内臓を素材にした多種、多様な料理が、こんな風にして組み入れられるのは、滅多にない。
 かつて香港では家畜、家禽の内臓類は貴重なものとされ、内臓類を中心にした前菜や、内臓にふかひれを詰めるなど、工夫を凝らした「大菜」などもあって、いわば内臓宴などもあったそうで。

 下拵えして臭みを取って、香辛料や調味料で味付け。
 そんな簡素で素朴な「もつ煮込み」的なものではなく、念入りな下拵え、調理による内臓の料理が存在し、その伝統が受け継がれている、というわけです。伝統的な広東料理の手法を受け継ぐ店だからこそ、可能なこと。

 締めくくりの面か飯については、福臨門から「腊味煲仔飯」という提案もありましたが、「カレー味の炒飯」という青木さんからのリクエストもあって「摩囉鶏粒炒飯」に変更。
 さらに、当初、青木さんからのリクエストだった甜品の準備が難しいとのことから、別途、2品の甜品(デザート)を用意、とのこと。

 実は、以上のメニューに以外に、コースを構成する品数の勘定あわせ、それに、ワイン好きが集まって、しっかりした味の赤ワインを!なんて、ワインとの相性を考え、血の濃い鳩の料理を加えるかどうかも検討。
 しかし、全体の構成と分量を考えて鳩の料理は、今回はパス。

 それでなくとも春の旬の味、それに内臓類の料理など、食べたいものがまだまだ残っていて、1回の宴会では到底収まらない。

 そんなやりとりを繰り返しながら、岸さんに内臓を発注。
 先の「白灼腰花」の下拵えの話からも明らかなように、内臓類はいずれもその処理、下拵えに時間がかかります。
 まずはサンプルを発送してテスト調理。
 その按配を見てから「青木宴《春編》」の料理内容と、素材の発注を最終決定し、発送ということになりました。

 ふ~。

 って、大変だったのは、私なんかより岸さん、福臨門のキッチンのスタッフ。

 そして、登場したのが画像、4品目の料理の「豬肺杏仁湯」。
 まさか、この料理が日本で食べられるとは!
 それだけでも、感極まったのでありました!

2008/05/05

春の広東地方の郷土料理の3

 豚肉の内臓の調達をお願いしたのは、川越の「はぎちく」の岸健二さん。
 05年11月発売のクロワッサンの「本物のお取り寄せ」の特集号で、ここではおなじみ、東松山の農業、加藤紀行さんとともに、紹介したことがあります。

 岸さんは若くして家畜の卸、販売に携わり、以来、養豚家とタッグを組んで美味しい豚肉の開発と紹介に余念のない熱血漢。
 私が豚肉の目利きとして全幅の信頼を置いている人物です。
 岸さんから学んだことは数知れず、目うろこなことが沢山ありました。

 ことに、感心したのはブランドにとらわれず、実質を追求というその姿勢。
 岸さんが選んだ「はぎちくセレクト」は、文句なしに旨くて、風味があります。
 さっぱりした味の豚もあれば、豚の野生味を感じさせる豚もある。
 その熱心なファンは少なくありません。

 その岸さんから
 「ウチが扱ってる内臓も、自信ありますから!」
 と、かねてから聞かされ、そそられてはいたものの、機会を逸してました。

 日頃、岸さんからは、ロース、肩ロース、バラ肉をブロックでゲット。
 ですが、肝臓、心臓、肺臓、腎臓などの内臓類を丸ごと頼んでも、その扱いに自信がない。 
 焼肉にして食っちゃえば? なんてツッコミがありそうですが、素材が上質で新鮮だからこそ、本格的な料理を試してみたい。
 とはいうものの、そのゆとりはなし。
 そうか、今回は、岸さんが扱う内臓を福臨門に届ければ、いろいろな料理が可能かも。
 そう思い立って、早速、岸さんに連絡をとり、調達可能な素材を確認しました。

 そうしたら、内臓のほとんどは入手可能と判明。
 そんな内臓調達可能リストとともに、私が食べたい料理も含め、どんな料理の実現が可能か、福臨門に尋ねました。
 戻ってきた料理のリストを見て、驚きました。
 私がリクエストした料理を含め、部位ごとに異なる料理の総数、その数、20品を越えていたからです。
 さすが、福臨門。
 中には懐かしい料理もある。
 「今日、○○があるけど、食べてみる?」
 「え! そんなの福臨門にありなの?」
 と、今や九龍店の総経理人である梁保に教えられ、病み付きになったものの、日本ではありつけない料理もありました。
 知ってはいても、食べたことがない料理もありました!

 全部食べたい!

 そんな思いにかられながら、すでに春の料理を何品か、それに「大菜」というにふさわしい今回の「宴」のための特別料理を3品ほど考慮済。
 それを無視するわけにはいきません。

 となると、コースを8品構成にすれば、豚の内臓を素材にした料理は、わずが2品か3品ということになる。
 こうなりゃ、10品か12品構成にするしかありません。
 幸い、今回の「青木宴」の「春篇」、人数が6人になるかも、と幹事役の藤原君から連絡が入ったこともあって、10品、12品構成で、コースの内容を検討。

 で、とりあえずは仮プランを作成。
 それを福臨門に送り、その返事次第で、素材を岸さんに依頼し、福臨門に送ってもらうだけ。
 そう決め込んでいたところが、コトはそう簡単に運ばず、なのでした。

 というのも、福臨門から戻ってきた料理可能なリストから、素材の調達を岸さんに連絡。
  岸さんに連絡を取ったところ
 「素材の扱い、普段のままでいいでしょうかね?
 例えば「肺」は、ボイルしちゃっていいのか?
 それに「腸」ですけど、割いて、中を取り出して、送るのがいんでしょうか?」
 と、尋ねられ、
 「あ! もしかして、その点、(福臨門に)確認の要あり!」 と、気づいた次第。
 
 「それにこの「肚尖」って、「胃袋」のことなんですが、「胃袋」の前後が少々必要って、どんくらいなんでしょう。実は、部位の処理、検査官がやるんで、ご希望通りにいくかどうか……」
 なんて話を聞かされて、驚きました。

 「ちょ、ちょっと待って岸さん。じゃ、詳細を確認してから、連絡しますから」
 ということになり、福臨門に再度確認したら、戻ってきたのがそれぞれの部位の扱い。
 それに、「胃袋」の「肚尖」に必要な範囲の詳細。

 それを岸さんに返して、連絡したら
 「了解しました!」
 と、いつもながらの男気に溢れたキッパリとした返事。
 
 「ですけど、「胃袋」の処理、ご希望通りにいくかどうか。
 それより、日本とは全然、取り扱いとか、処理の仕方、違うんですね!」
 と、さすがの岸さんも驚いた様子。

 仲介役の私、最初は、何がなんだかさっぱりわからず。
 ですが、岸さん、福臨門の間に立って、色々話すううち、しっかり見えてきたのが日本と香港における内臓の扱い、処理の差異。

 日本では、肝臓、心臓、腎臓などはともかく、胃や腸は割くなど下処理をした上で市場へ、というのが一般的だそうです。どうやら「焼き肉」、「モツ料理」という市場のニーズに応えたもの。
 ところが香港では事情が異なり、「モツ料理」としてだけでなく、本格的な料理素材としてのニーズがあり、それには、なりよりもフレッシュなのが第一義、なんて事情が、よーくわかりました。
 食文化の違いを体験、ということになった次第です。

 で、画像。
 「これまでが前菜で、3品目の「白灼腰花」です!」
 と、総支配人の八尾さん。

 豚マメの腎臓をさっと湯通ししたもの。
 ぷくっと膨らんだ腎臓はぷりっとした歯応え。
 腎臓の独特の風味を残した上品な味わい。

 その一個、食べるのに、30秒はかかりません。
 ですが、腎臓を流水にさらすこと4時間。
 腎臓特有の臭みを抜いて、旨味にかわるあたりを見届け、それを「白灼」、湯通しで調理、
 という、実に手間隙のかかった一品です。

2008/05/03

春の広東地方の郷土料理の2

 思いついた素材と言うのは野菜でも魚介でもありません。
 それは牛や豚、家禽類の内臓類。

 牛や豚の内臓類を素材にした料理は日本でも食べられます。
 たとえば、北京料理を看板にする店での牛の胃の「せんまい」を素材にした「塩爆散旦」は代表的な一品。「ハチノス」や、豚の胃の「ガツ」の炒めもの、揚げ物があります。
 豚のマメ、つまりは腎臓を使った炒め物などもありましたっけ。

 池袋で客家料理を看板にしていた「東江樓」では豚の腸の料理もありました。
 広東料理系の店では、やはり飲茶の点心に「ハチノス」はじめ、その種の料理を見かけることがあります。
 とはいえ、内臓を素材にした本格的な料理に関しては、日本ではほぼ絶望的。
 ことに広東料理系のものは飲茶の点心以外、ほとんどみかけたことがない。
 潮州料理系の料理もそうです。 もし、ご存知なら是非、ご教示を!

 そこで今回、豚の内臓を使った料理の実現を思い立ちました。
 むろん、素材の調達の目当てもあってのこと。
 その話、青木さんにしたら大乗り気!

 「甚だ勝手なリクエストで恐縮ですが、
 「モツ盛り合わせ下町風、香菜添え(3~5種/ミミ必 須/大盛り!)」
 の類いを、以前より丸福の技で食してみたいと思っておりました。
 丸福でのモツは、ハチノスしか見当たらず、どーも欲求不満ぎみでした。
 今回のメニューの構成上、バランスが悪くなる様でしたら次回に、
 若しくは次の日に持ち帰り…できるかな?などとも思っております。
 もし差し支えないようでしたら、何卒よろしくお願い致します。
 (豚足もかなり魅力的!)」

 と、熱いメールが到着。

 「丸福」というのは「丸福食堂」、福臨門の愛称です。
 香港でとりあえず一通り有名店を巡り歩いて後、落ち着いたのが福臨門。以来、連日通い詰めるようにもなって、丸福と称するようになりました。

 それにしても青木さんの「モツ盛り合わせ!」という熱い思いにうたれました。
 確かに、日本で内臓と言えば、通称はモツ。
 モツ鍋が流行、なんてこともありました。

 そういえば、dancyuの取材で、松阪を取材した際、松阪牛の内臓類を使った焼肉店の取材を敢行。たっぷりさしの入った「和田金」のロース肉さながら、内臓の各部位、ことに直腸の脂たっぷりのねっとりの脂の濃さ、甘さに驚いたもんです。

 ですが、日本でモツの料理と言えば、焼肉でのそれが物語るように、調理、味付けはシンプル。野生味があって豪快。塩焼きか、たれ仕込みのものを焼く、っていうのがほとんどのようです。
 それに焼いた素材を食べる「たれ」も勝負どころ。松阪でその種の店を何軒かはしごした際、名古屋などと同じく甘味のある八丁味噌がその基本でした。

 「もつ煮込み」は、私、あまり体験ありませんが、大体は臭み抜きのつもりか葱、生姜で湯がいたあとに、味噌で味付け。素朴で濃厚な味付け、ってのが基本じゃないでしょうか。
 それも悪くはありません。が、料理ってことでは、いささか粗野。時には雑で乱暴な趣も、という印象があります。

 それからすると香港の広東料理、潮州料理、客家料理における内臓の扱いは、下拵えもしっかりしてあって、調理、調味も多彩で幅広い。

 もちろん、香港でも「モツ!」のノリそのまま、シンプルな味付けの内臓料理を食べさせる店があります。
 「牛什」を看板に掲げ、牛の内臓類の煮込み専門にする街中の小食店がそれです。
 その多くは潮州系。その種の店の中でも「牛腩」の煮込みだけを扱う専門店もあります。
 ことに中環にある「九記」は、長年の歴史を誇る老舗の一店。
 電気道と湾仔にある「大利清湯牛腩」では「牛腩」だけでなく、牛の内臓各種もあり。

 その昔、牛頭角だったか工場街にあって、尖沙咀にも出店していたことのある「鍾記」では、普通の店ではお目にかかれない牛の部位が色々あり、なのに目を丸くしたものでした。
 もっとも、韓国の全州で食べた「チレ」、日本では「たちぎも」って呼ばれてる脾臓の料理は、香港でおめにかかったことがない。けど、どっかの店であるんでしょう。

 牛の内臓類とは対照的に豚の内臓類に出会ええることが多いのが、粥麵店。
 肝臓、心臓、腎臓、胃、十二指腸、子袋などまでが粥の具に。
 豚の内臓類を全てを織り込んだ「及第粥」などは、その最たるもの。
 どの店も、内臓の鮮度を売り物にしています。

 香港では牛よりも豚の需要、供給と消費が盛んってことに関係してるんでしょうが、粥麵店は豚の内臓類を扱う店が多い。中には腎臓などを「白灼」で提供、という店もありましたが、料理としての完成度は低い。

 実は、内臓を素材にした料理で、なんとか日本でも食べたいものがいくつかありました。
 そのひとつが豚の胃の「肚尖」を素材した各種の料理。
 日本でも豚の胃は「がつ」ってことで一般に流通。
 ですが「肚尖」は、豚の胃の尖端、つまり「食道」と「十二指腸」とがつながった柔らかい繊維を持つ部分をさすものです。

 その「肚尖」を素材にした料理、「魚翅」はじめ干貨素材の料理ととともに香港の福臨門で楽しみにしている一品です。
 以前は馴染み客だけがその存在を知るものでしたが、最近になってテーブルに置かれた「小菜」のメニューで紹介されるようにもなりました。
 とはいえ、品切れ、もしくは、今日はなし、なんてことがほとんどで、そう簡単にはありつけない。

 豚の消費が盛んな香港では、素材の調達も容易に思えますが、福臨門では新鮮というだけでなく、上質な素材でなければ提供しない、という方針があってのこと。

 福臨門では「肚尖」だけでなく、豚マメの腎臓、肝臓や心臓、それに豚足を素材にした料理にも出会えることがあります。といって、いずれもメニューにはありません。

 昨年の秋、香港に出かけたバードランドの和田さん。
 福臨門で運よくそうした料理のひとつ、豚足を新生姜と煮込んだ「豬脚姜醋蛋」にありつけたそうです。
 「あんなに旨い豚足、食ったことありませんよ。
 けど、量が多くって、もうそれだけでお腹一杯!」
 なんて言いながら、目尻は下がりっぱなしで自慢顔。

 「モツ盛り合わせ!」のリクエストのあった青木さんに、広東料理、潮洲料理、客家料理の豚の内臓を素材にした料理の数々を話したら
 「え!そうですか!なら、それで行きましょう!」 
 と、話はまとまりました。

 話はまとまったものの、いざ実現ということになるまでは、問題、山積みでした。

 で、画像。
 「ヘイフンテラス」では……あ、ちゃいました!
 豚の大腸の揚げ物です。 豚の脂身のこくや旨味を加味した「かっぱえびせん」といった趣です。
 揚げた大腸のパリパリの触感。噛み締めると、しっかりの歯応えありで、ぶりっとした腸の触感がたまりません!

2008/05/01

春の広東地方の郷土料理の1

これは見事。実に見事な「千層峰」でした。
豚耳のよせ物の冷製です。
 これまでいろんなところで豚耳のよせ物の冷製を食べてきましたが、こんな素晴らしいのには出会ったことがない。

 つるんと滑らかな舌ざわりのよさ。噛み締めると、ぷるんとしていてぷちっとはじける弾力、噛み応え。そして、じゅわーと旨味が広がっていく。
 洗練された気品と深みのある味わい。
 それだけでなく、口中に広がり、のど奥から鼻にぬけていく香り、風味の豊かさ、その芳醇にうっとり!

 画像でその触感、味、風味、、、、いや、そそられるはずです!
 
 こうして「春の広東地方の郷土料理」は幕を開けたのでありました。

 「エージ様 お元気ですか?
 いつのまにか、桜も咲き始めましたね。
 さて、春の宴ですが、青木さんから○○日が良いと連絡を貰いましたが、エージさんのご都合は如何でしょうか?
 献立の段取りもあるかと存じますので、ご返事をお待ちして皆様へご案内をしようと思います。

 BMGのちょいわる親父、藤原君からメールが届いたのは3月の20日過ぎ。
 昨年の夏にはじまり、秋、今年に入ってから冬と3回続いた季節ごとの青木さん、藤原君との宴「広東地方の郷土料理」シリーズ、通称《青木宴》の春の巻。
 幹事役の藤原君から連絡貰って以来、気もそぞろ。早速、メニューのプランを立て始めました。

 香港で「春の宴」といえば、大体が春節、旧正月が開けてからしばらくの時期のもの。
 縁起担ぎの料理名による大菜がずらりと並びます。
 そして、冷たい雨が降ったりする2月を過ぎれば、香港の気温は一気に上がりはじめ、3月には日本の初夏の暑さほどにも。
 もっとも、4月初めの清明節の前後には、再び冷たい雨が降り、しばし気温の低い日々が。
 その時期を越えれば一気に夏。

 そんなことから、4月、香港で旬のものは、野菜なら通菜(空芯菜)、莧菜、芥菜、芥菜の葉を落として太い軸を食べる芥胆ってことになります。花つきの韮の韮菜花なんかもそう。
 それに節瓜、勝瓜、絲瓜、黄瓜、水瓜など、瓜の類も出回り始める。
 そうです、春というより初夏の趣。

 魚介でも、春らしいものが登場。
 囲い育ちの蝦が旨くなります。小ぶりで身が締まっていて、甘味と旨味のあるこの時期の基圍蝦は  「白灼」で食べるのが格別です。
 それに、地場物の小ぶりの蝦蛄などもそう。
 透明な殻を身にまとった小ぶりの蝦蛄は、唐揚げにして塩・胡椒風味で食べるか、それとも「魚露」で漬け込むか。

 とはいっても、以上の内、日本で、東京で、調達可能な素材、野菜に限って言えば通菜と韮花菜ぐらいなもの。莧菜はほとんど手に入らず。
 芥菜はあるにはあるが、日本では軸が細いものが多く、芥胆には不向きです。

 去年の夏以来、銀座、丸の内など日本の福臨門の各支店に瓜や茄子を供給してきたお馴染み東松山の農業、加藤紀行さんに、はっぱをかけ、というより脅し半分「芥菜」を栽培してもらいましたが、種が日本化されたものだったせいか、初めての試みだったこともあってか、辛味、ほろ苦さが旨味よりも立つ感じで、さすがの加藤さんもお手上げ。

 やはり、日本の芥菜、漬物に使うのがほとんどってことも関係あるんでしょう。
 それに、育った芥菜、送ってもらって私も食べましたが、なんでだか香菜、バジル、ルッコラなど、日本の土壌に根ざしたハーブ類などと同様、素材の特徴的な持ち味である香り、味、風味は傑出しているものの、優しく温和な味、風味がいまひとつな感じ。

 それより、福臨門に連絡して、春、4月の素材、それに、料理を尋ねるのが先決。
 そしたら野菜は「韮菜花」、「通菜」、に「白露筝(白アスパラガス)」。
 春の魚介は「白飯魚」、つまりは白魚、それに、はまぐりを用意するとのことでした。

 野菜類は肉類、魚介とあわせて炒め物。
 通菜なら「蝦醬」や「腐乳」など、くせのある調味料と炒め合わせるか、煮浸しにするって方法がある。

 が、それにしても「白飯魚」はどうするんだろ。
 はまぐりなら茶碗蒸し仕立ての「蛤蜊燉蛋」なんか食べてみたいけど、上海料理だし、やってもらえるんだろうか。
 ってことで、再度、問い合わせました。

 そしたら「白飯魚」は揚げて、塩・胡椒風味にした「椒鹽白飯魚」か、卵との煎り焼きの「白飯魚菜粒煎蛋」。
 それに、はまぐりは「蛤蜊燉蛋」が可能。それ以外にはまぐりと春雨のガーリック風味蒸し煮込みの「金銀蒜粉絲蒸蛤蜊」も可能、という返事が返ってきました。

 なんといっても胸がときめいたのは「蛤蜊燉蛋」。
 上海式、じゃなくって、間違いなく広東式になるはず。それも、福臨門式。
 となると、これを逃す手はない。

 とはいえ「白飯魚」は、香港のならともかく、日本だと、味の濃さ、それに、肉質などどうなんだろうか?  とすれば、もしかして産地次第? なんてことを考えて、いささか躊躇。

 どっかにあった「ヘイフンテラス」の紹介ではないですが、日本の四季折々の素材を用いながら、伝統的な広東料理の手法を下敷きにした料理を、というのも「広東地方の郷土料理」シリーズ、通称《青木宴》のテーマのひとつです。

 日本で、東京で調達できる素材を探さないとなあ。

 ともあれ、4月に入ってから福臨門のサイトでランチ、ディナー、今月のお勧め料理をチェックしてから、メニューを検討、ということになりました。

 で、見つけ出したのが「白魚と卵の煎り焼き」。
 ン? そか「白飯魚菜粒煎蛋」ね!
 「ホワイトアスパラとハトの炒め」
 ってことは「白露筝炒鴿片」?
 「季節野菜と発酵豆腐の炒め」、ってのは「腐乳炒時菜」だね。

 さて、どうしようか「広東地方の郷土料理」シリーズの春の巻。

 野菜に関しては、韮菜花か通菜。
 で、魚。
 この時期、平目、それに、星が目板のかれいってことになると、「清蒸」ってことになりますかね。
 もしかして唐揚げで塩・胡椒風味の「椒鹽」や、「油浸」って、方法もある。

 それよりも、きす、こちなどに特徴的なある種の泥臭さ、しゅわっとした身の緻密さは、あの「九肚魚」に通じるところがないでもない。煎り焼きや唐揚げにして、塩・胡椒風味の「椒鹽」にするか、油で揚げる「油浸」なんて方法もある。
 ことによっちゃ漬物の「冬菜」と一緒に蒸し物にするって方法もあるはずだ。

 なんて、想像をめぐらせてはみたものの、福臨門ではその種の魚の扱いはなし。
 って、ところに、思いついた素材があったのでした。

2008/04/28

閑話休題 チープ・トリック・アト・武道館・アゲインの2

 「ね、「いか」は何?」
 「この時期、「すみ(いか)」と「あおり(いか)」のどっちかなんで…
 「だから、聞いてんの!で?」
 「「あおり」です」
 「じゃ、それ」

 「あおり」は、「いか」特有のぬめりのあるねっとり感よりも、すっきり。
 清冽で、張りがある。凛とした清々しさが漲る舌触り、すっと歯が入るしなやかさが心地いい。
 その若さ、清々しさが、遅い春、初夏間近、の感じの味、風味。

 口を変えるつもりで、貝。
 なんですけど、「みる(貝)」にするか、それとも「赤貝」か。
 「みる」のパリポリの活きのいい歯触り、噛み応えも楽しみだけど、今の時期なら、熟れ物になってるかな?
 ってことで 「赤貝!」
 案の定、潤んでました。
 けど、なんだかもじもじを身をよじるような潤み具合!

 「どしよか、そろそろ時間も時間だし、まぐろの「巻き物」にしようかな……
 その前に、赤身、中トロ、一貫ずつちょうだい」

 そしたら、いきなり身を屈め、下からごそごそと包みを取り出してまな板にでんと置き、油紙をめくって、大事に大事に、いたわるように塊を取り出して、すっと柳刃を入れる。

 「え! なんか面倒(かけるようなこと)言っちゃった?」と私。
 「いや、新しく、切らないと……」

 「ね、これ、いいじゃない、この赤身。
  しっとり潤んでて、緻密で、濃密で。
  なんて言っていいのこの味!
  もうわかんないや。 
  う~ん、潤んだ血の味、っていうのかな。
  味もそうだけど、鼻に抜ける香りがいいね。
  この香りがいいの。
  赤身らしい、赤身の香り!」。

 「あの、この「中とろ」なんだけど、なんだか、身体が開いてないっていうかさ。
  う~ん、身体が伸びきってなくて、伸び伸び、ほぐれてない、っていうかさ……」
 「え! まあ、今、切ったばかりなんで……。
  こないだも、ほら、お知り合いの○○さん、久しぶりにお見えになって、「中とろ」だしたら、「開いてないね」って。
 (空気に)さらして、なじませとくね、そうなるんですけど。
 そん時も、仕舞い込んでたやつ、新しく切ったんで」。

 「あのさ、すんません、まぐろの巻き物やめて「赤身」もう一貫」

 「いいね、この赤身。それにさ、すごく懐かしい味。
 ほら、昔、(先代の)親方の頃にね
 「わ、すげえ、これ!香りがすごい!」
 って言ってたあの赤身、思い出す。
 だってさ「赤身」の香りのよさ、凄さって、ここに通って覚えたようなもんだし……」

 「そう言ってくれると嬉しいです。 「懐かしい味」、「ここの味」だ、って。
  親方から教わったこと、それに、昔ながらのやり方、そのままやるだけですから。
  ですから、そういう魚を……」

 「う~ん、でもさ、懐かしいけど、今のもんだし、今の味でもあるわけでしょ?
  こうやって見つけてきたのは(先代の)親方じゃないわけだし、さ」

 「いや、ま、最初の頃は教えられたとおり、傍目でみて覚えたまんま。
  これかな?って、入れてみたら、違ったりしたこともありましたよ。
  で、(仕入れた先に)話を聞いたら、なのそっちが選んだんだしって。
  なら、なんで最初からそう言って教えてくれないだろうって、てね」。

 「あそう。そうだろうね。そうやって覚えてくんだね。
  で、これで、どんぐらい?」 
 「二日、寝かせたやつですけど」
 「そうなんだ。
  いいね、この赤身!しっとり、潤んだとこが」

 「でも、「赤身」にしても「中とろ」にしても、その部位、場所によって、味や香りが違いますから。
 日によって、入れた魚によって、違うわけだし……」

 「あ、そりゃ、当然でしょ。だって、生きてるもんだし、それぞれ違うのは当然だし」
 と、魚に限らず、牛や豚、それに野菜にいたるまで、それぞれに個体差あり。
 ことに中国料理における青野菜の扱い、先っぽの葉と根っ子の葉、先っぽの芯と根っ子の芯、味も違えば、風味も違うから、その処理、見極め、調理が難しいし、それをこなして当たり前。
 とまあ、私は講釈ひとしきり。

 「だから「赤身」も「中とろ」も、寝かせ方、部位、場所によって、切り分け方、その厚みも変えてるってわけでしょ?
 そんな話、この店のこと書いてくれる人に、ちゃんと教えてあげなきゃ!」
 あ、余計なひとこと、でしたね。
 そしたら
 「いえいえ、私ごときが、そんなこと」 と、謙虚な答えが返ってきました。

2008/04/26

閑話休題 チープ・トリック・アト・武道館・アゲイン

 30年ぶりに実現したチープ・トリックの「ライブ・アット・武道館・アゲイン」が終わったのは9時前のこと。
 終演後、懐かしい顔ぶれに久々に出会って、昔話にひとしきり。
 それより、この時間なら、間に合いそう。バック・ステージにメンバーに会いに行くのはやめて、九段の坂を専大前へ。
 一本裏筋に入り、久しぶりに暖簾をくぐりました。

 嬉しいことに、奥に家族連れの先客が3人だけ。
 おかみさんに会うのは何回目かだし、私、髪型、ちょっと変えたもので私がわかんなかったのか、怪訝な顔。

 その横から
 「どうしたんです、またあ!」
 と、栃木なまりの太い声。

 「武道館の帰り。ちょっと食べさせてよ、いいでしょ?」

 「武道館に来るたびに、帰りによろうと思うんだけど、ほら、最近、終演時間が遅くってさ。それに、バックステージ、って楽屋ね、なんかに行ったら、10時半は軽く過ぎちゃうし。それがさ、今日は、おやじばっかのバンドだったから早く終わってね。あ、こいつは「行ける」って、来たわけ」

 1年以上ぶりのご無沙汰ですけど、席に座れば、すっと店に溶け込んで、先週の土曜日も、同じ席に座ってたような感じです。
 「お酒、常温でね」と、おかみさんに。

 「なんか切りましょうか?」
 「いや、いいよ、今日は。時間も遅いし、すぐ食べる。
 こはだ!」
 と言ってから
 「2貫ずつだよ」と、念押し。
 そしたら
 「わかってますから」と、目で答えが返ってきました。

 「こはだ」は、酢がちょっと強い感じで、塩もしっかり。
 ご飯もぬる目になっちゃって、形はどっしり、ぼってり。
 けど、「こはだ」とご飯がなじんでて、しっかりの味。
 軽さやキレよりも、しっかりの味、というのが「らしく」っていいなあ。
 そう、先代の親方と違う「らしさ」じゃん、なんて納得しました。

 「白身、なんだけど、「しま(あじ)」の前に、ね。 「かれい」てどこの?」
 「常陸だと思いますけど」 
 「あそ、いいの?」
 「ええ、いいと思いますよ」
 「じゃ、それ。それから「しま(あじ)」ね!」

 つけ板に並んだ「かれい」の2貫、磨きのかかった大理石の色合いと艶。
 ちょっと醤油をはじっこにつけて、頬ばると「かれい」は、しっとりの舌触り。
 厚みがあって、ぐっと噛み締めると弾力がある。
 といってはじき返すような弾力じゃなくって、歯にまとわるようなねっとり感も。
 さらに、噛み締めると、次第に味わいと香りが立ってくる。

 「ン!?、この味、香り」ってと、記憶センサーが稼動しはじめました。
 「もしかして、海の精、ヨードの味、香り?」
 そうか、春、ですから。

 春先の春のはしりの味は、ほろ苦さ。春を待つ味です。
 それが、春になると、暖かい陽気につられて、衣をぬぎすてる。
 そして、根っ子にある味、風味が頭をもたげてくる。

 春の野菜の味わい、風味は、ヨードがたっぷり。
 それと同じく春の「かれい」も同じなんだと、気づきました。
 春を教えてくれる「かれい」ってことですね。

 その「かれい」。
 春の陽気が海の底まで届いてか、身体はのびのび。
 そんな「かれい」をいたわり、寝かせたからこそ、醸しだされるしっとり感とねっとり感。

 それにしても「かれい」の切り身の厚さの按配がいい。
 この厚さあってこその噛み応え。それに、噛み締めれば味、香りが立つ身の厚さ。

 「(かれいの)切り方、いいね。この厚み」。
 「ええ、そのぐらいの厚みがないと、この「かれい」の味、風味がでないんですよ」
 「なの、わかってる、って。だから切り方がいいって、ほめたんじゃん!」

 寿司の握りの話、食味評論の方からグルメの方まで、それぞれにウンチクありです。
 その手の話、寿司案内、色々な書籍、拝見しますが、ネタっていうのか、タネっていうのか、新鮮だとか、仕事がしてあるとか、素晴らしいだとか、いまひとつだとか、いろいろ書かれてる割に、魚をどうやって扱い、いたわり、寝かせて味を引き出したか。

 それに、ネタの切り身、切り分け、その大きさ、厚みについて、それがネタの旨さ、寿司の旨さを生み出す要因なんですけど、そんなことについて、触れた、言及した人、書き物って、滅多に見かけない。
 あれって、どうしてなんでしょうか。

 「しま」は、頬張ったとたんに、濃密な味、風味がじゅわじゅわと広がりました。
 脂の甘味、旨味が、きめ細やかな織物のように、複雑に、緻密に入り組んでいて、スクラム組んで、その存在を主張。
 万華鏡でのぞいたら、きら星のように輝く脂、旨味のはじける様が見えるような感じ。
 
 「う~ん、次、どうしようかな。ねえ、まだ「さより」があるわけ?」
 「え、まあ、最後だと思いますけど。これならって、私が選びましたんで」
 をいをい、言うかよそこまで!
 「あそ、なら、行ってみる」

 その「さより」、ねっとり濃厚。それも、年増女のように腰周りがしっかり。
 そうです、ペンギン体系のあの腰周り。
 といって、妖しい白粉の色香はなし。

 春になって遠慮しながら居座る「さより」のけなげさに、思わず笑みがこぼれました。

ヘイフンテラスの謎と不思議の19

 「ザ・ペニンシュラ 東京」の「ヘイフンテラス」。
 香港からふたりの料理人と点心師、計3人を招聘し、ザ・ペニシュラの「嘉麟樓」の姉妹店として、香港の広東料理を提供、というのが看板です。

 ネットで検索したとあるホテル予約のサイトでの紹介によれば、「ザ・ペニンシュラ香港の広東料理レストラン「スプリングムーン(嘉麟樓)」の姉妹店として「本格的な広東料理」とサービスを提供いたします」、とまあ「ヘイフンテラス」については、どこのサイトでも同じような紹介が。

  ところが、さらに突っ込んで「日本人向けに味を特別にアレンジするのではなく、食材そのものの味を最高に生かした状態でお出しする香港スタイルを貫きながら、日本の四季折々の食材を取り入れた「ヘイフンテラス」ならではの味にこだわりを持っています」、と触れられているのが興味深い。
 しかも、「フードアイテムの切り替えを頻繁に行うことによって、多彩な本場の味をお客様に幅広くご紹介してまいります」なんて紹介されてます。

 その紹介、日本人向けのアレンジなし。食材そのもの味を生かした状態でおだしする香港スタイルを貫く、なんてところに目が止まります。とはいえ、その次には「日本の四季折々の食材を取り入れた「ヘイフンテラス」ならではの味にこだわりを持ってます」とある。
 それって、香港そのままの素材の確保、入手が難しい、という現状を把握しての予防線?
 かと思いきや「多彩な本場の味を幅広く紹介」と、「本場の味」を再度、強調。

 ついでに、つい最近入手した「新版 中華料理店」(旭屋書店)の「第4集」。
 「進化する繁盛中華料理店」の特集に「ヘイフンテラス」の紹介が掲載されてます。
 それには「エグゼクティヴ・シェフ」の鄧志強さんのコメントがあって、全メニューのうち「スプリングムーン」の味を再現した料理が80%。残り20%は創作を織り交ぜた「ヘイフンテラス」だけのオリジナル料理を提供、とのこと。

 取材を担当した同誌の編集担当、もしくはフードライター氏、もちろん「嘉麟樓」にも出かけてその味を体験しての上の紹介、なんでしょうね。
  まさか、店の、料理長の言い分、そのまま紹介……。というのが実情なんでしょうが、確証はなし!

 実際に「ヘイフンテラス」で食事した体験からすれば、姉妹店の「嘉麟樓」はもとより、香港の味をそのまま再現、と言うことに関しては、大いに疑問。
 なんてことからすると、我らが注文したメニューの数々、もしかして、81%目からのものだった?
 そんなことはないでしょう。
 メニューの中から選んだもので、わざわざ特別に頼んだ料理でもありませんから。

 穏やかで、優しく、気品のある味、それに(大雑把ながらも)洗練されたプレゼンテンショーン、と言う辺り、確かに日本のホテルの中国料理店に比べれば「ヘイフンテラス」ならでのは特徴、個性、持ち味が汲み取れます。

 が、肝心の料理、香港の味、というには隔たりがあるのは事実です。
 料理としての香りが乏しく、欠けているってことが最大の致命傷。
 炒めものなどの「鑊氣」の無さなど、その最たるものだと思います。

 これまでにも触れてきたように、香港の味に近い店、ということなら、一応納得。
 しかし、「嘉麟樓」の味、「香港の味」ということに関しては、「ヘイフンテラス」、また総料理長の認識と、私のそれとの間には遠くて深い隔たりがあるようで。

 なんて言えば、耳元に響きます
「お客様の方が、よくご存知じゃないか、なあ~」
といいながら、明らかに「お客様がご存知ないだけのこと!」
という含みある黒服の女史のあの言葉が!

 メニューを決めるにあたっての黒服の女史とのやり取りの様は、今でも鮮やか甦ります。
 料理名、調理、味付けのやり取りは、すべて広東語。
 かといって、こちらの思い浮かべる物と、黒服の女史の思い浮かべるものが、すべて一致していた、とは言い難い。

 彼女は彼女の経験、体験を踏まえて、当方の要求に応えた、ってことだったのでしょう。
 当方が提案した料理について、確たる回答はなし、なんて場面が何回かあったことからすれば、やはり彼女の知る広東料理は、彼女の知る範囲だけのものだった、ってことでしょう・
 そして、私には私の知る香港の広東料理の世界が存在した。
 そして、私、香港の広東料理のすべてを知っているとは思ってません。
 いや、年をとればとるほど、世の中んは私の知らないことだらけ
 なんてことをつくづく思います。

 ということじゃ、黒服の女史、知らないなら知らないで、正直に教えてくれた方が有難かった。
 しかし、ま、彼女にもプライドってものがあるでしょう。
 なんせ背筋を伸ばした「ヘイフンテラス」の黒服の女史です。

 それよりも、実はサービスとキッチンの間にこそ、私と「ヘイフンテラス」、それに、総料理長の認識との間と同じくらい、遠くて深い隔たりがあるんじゃないかという疑問が頭をもたげはじめます。
 蝦の在庫の確認を、白服のパシリ君に、なんて、以前にもお話したとおり、香港のトップクラスのホテルの中国料理店や高級料理店の黒服氏には、ほとんどありえない。

 高級料理店でなくとも、日本人とみればエビエビカニカニの大攻勢。しかも、かつての鯉魚門や香港仔のいかがわし海鮮料理店などとは違って、これが「蝦」、これが「魚」と、しっかり料理する前に見せてくれますから。

 「ヘインフンテラス」だからこそ、そんな手間、必要なしだと思いましたが、やっぱり、きっちり、やるべきだったんだと、今になって反省。
 活きのものだったのか、冷凍戻しだったかのか、今だに判明できないあのでっかい「中蝦」の真実も、把握できたはず。
 現物をみれば、調理方法、味付けも変えられたはず。

 それに、腹を割いて蒸した魚の料理、黒服の女史の最初の言い分。
 最初は「一本釣りで(魚釣りの)針があるといけませんので」。
 それが「香港ではよくあることですので、お客様が~」なんて
 どっちがほんと?

 あらさがし、揚げ足取りなんかじゃなくて、「ヘイフンテラス」が「嘉麟樓」の味、香港の味を再現してるかどうか、ってことだけに執着せず、料理そのものの出来栄えがどうだったか、ってことになると
「う~ん、香港に近い味、ってことではOKなんだけど、なんだかな~」、 というのが正直な話。

 それより、「ヘイフンテラス」のキッチンは、総指揮こそ香港からやってきた料理人。
 ですが、実際の料理を担うのは日本人の料理人。
 しかも、総指揮の料理人の指揮が隅々まで行き渡っているのかといえば、そうではない現実が存在すんじゃないでしょうか。私が出会った料理がそれを物語ってました。それより、これまでふれてきたように、日本の広東料理界の流派が入り乱れた上に、その縮図を見るような面白さもある。

 要は、日本の、というより、東京の、高級ホテルにおける広東料理を看板にする中国料理店と変わりない店、じゃないでしょうか?
 私にとっては、香港と日本の中国料理の差異、食文化比較を探求するには、格好で、面白く、興味深い店。 だからこそ、その謎と不思議を解明。

 とはいうものの……。

 その昔、知人の山本益博先生
「旨いものに出会ったら、旨い店を見つけたら、すぐに「ウラを返す」」
と、教えてくれたことがありました。
「エ?何それ?ウラを返すって?」
 何がなんだかワケがわからなくて意味を尋ねたら
「すぐさま、もっぺん出かけること」
って教えてくれました。

 そんなことを思い出しながら
 「「ウラを返す」っていうより、「テーブルをひっくり返す!」、
 って程でもないし、なあ~」 
 とまあ、なんだかんだで優柔不断のまんま、いつのまにか半年がたちました。

 そしたら
 「ね、もっぺん行きましょう「ヘンフンテラス」に!
 最近、予約、簡単にとれるようになったみたいなんで!」
 と、我が友人からのお誘いが!!

 で、画像は「あのう、お客様~」と料理撮影禁止の「ヘイフンテラス」ですから~。
 香港、フォーシーズンズホテルの「龍景軒」の「鮑汁扣法國鵞肝」。
 かつての「麗晶軒」の料理長だった陳恩徳が、若いスタッフと一緒になって考案。
 80年代の「新派広東」をほうふつさせる一品ですが、鮮烈で斬新な印象には乏しく、いささかアナクロっぽい。 そのアナクロぽさが、現在の香港の最新の「新派広東」らしくもあります
 ともあれ、外国の素材を使いながら、「鮑汁」で味付け、というあたり中国料理、広東料理ならではの特徴、個性を発揮、というのが興味深い一品です。

2008/04/23

ヘンフンテラスの謎と不思議の18

 譚さんの話は、ヘイフテラスで焼き物を食べながら「あれ?これ、どこかで食べた味!」という記憶の回路が刺激され、「鹹魚鶏粒豆腐煲」を食べながら「もしかして「赤坂璃宮」出身の料理人?」という推測が、あながち間違いではなかったことを裏付けてくれるものでした。

 昨年の11月、私がヘイフンテラスを訪れた時の焼き物の担当が日本人の料理人、「赤坂璃宮」出身の料理人だったことは間違いのない事実のようです。
 それに「鹹魚鶏粒豆腐煲」を調理したのも、同じく「赤坂璃宮」の料理人らしい。
 らしいというのは、誰が調理したのか私にはわかりませんから。

 素材の下拵え、つまり「板」の按配、それに「鑊氣」がなくて「香」が乏しく、味付け本位な調理の仕上がりからすれば、日本人の料理人が調理したのは明らかです。
 もっとも、仕上がりの穏やかで優しい印象は「赤坂璃宮」のそれとはいささか異なります。

 それより、私にとって不可解なのは「豉椒蝦球」。
 その下拵え、調理は明らかに日本人の料理人によるもの。
 しかし「赤坂璃宮」で食べたことがある同種、同系統の料理の印象とは違ってました。

 優しくて穏やかな味付け、調理、という点では似通ってはいるものの、「赤坂璃宮」のそれは、ある種、力強さがあり、めりはりも利いている。
 それからすると「ヘイフンテラス」の「豉椒蝦球」は、より上品。ですけどなんだか味がぼやけているというか、とぼけているというか、つかみどころがなくて茫洋とした印象。

 素材のよさが感じられないし、持ち味を引き出したとは言い難い。
 まさか冷凍もの?
 もしくは、えびにしろ魚にしろ活きの状態が芳しくなくなったら、冷凍にして仕舞い込み、これといった客じゃなけりゃ、知らんふりして解凍して調理。
 なんてこと、「ヘイフンテラス」ですから、まさかそんなことはありえない、と私は信じたい。

 そして「清蒸紅斑」の蒸し加減の按配を見たのは、黒服の女史の証言からも明らかなように、日本人の料理人。
 しかし、それが「赤坂璃宮」出身の料理人によるものだと言い切れるだけの確たる証拠はありません。

 ともあれ、私がヘイフンテラスで食べた料理は日本人の料理人によるものだった、というのは間違いない。
 といって、そのことを糾弾したり、批判するつもりは、毛頭ありません。

 先にも触れた通り、ヘイフンテラスに電話して確認したところ、香港からやってきた料理人には、総料理長を含めてふたりの料理人と飲茶の点心担当の師傳の3人だけ。

 残るスタッフはすべて日本人の料理人。おそらく総料理長、自ら鍋を振るなんてことは滅多になくて、「ヘイフンテラス」の全てを管理というのがその役目。
 それって、別に珍しいことでもなんでもない。
 フレンチ、イタリアンの有名どころの店だって、よくあることです。

 それに、噂のシェフズ・ルーム!
 での豪華な宴席でもありませんし、もとより私共は、馴染み客などではありません。
 もしかして「ヘイフンテラス」にとっては、手堅く無難に提供の用意をした、コース料理にすればよかったのかも?
 しかし、そのコース、まったくもって魅力には欠けます。

 ま、香港のペンシュラ・ホテルの「嘉麟樓」の雰囲気が味わえるなら「素敵!」と、雰囲気重視の方には格好かもしれませんが、「ヘイフンテラス」の看板のはずの姉妹店の「嘉麟樓」、香港の味を楽しみたいと思う向きには、首を傾げる料理内容、メニュー構成です。 

 もともとおまかせのコースが苦手、ということもありますけど、もちろんコースの内容を見ました。
 ですが、一瞥して無視、なんて按配でしたから、そのたたりなのかもしれません。
 それで、、アラカルト・メニューから家郷菜を何品かを注文。
 中には素材は時価という高価な「清蒸紅斑」もありましたけど。
 それにきっちり応えれくれれば、こんなに展開にはならなかったはず。

 これまで何度か触れてきたように、香港の広東料理店、いや、広東料理店だけに限らず中国料理において「鍋」と「板」のコンビは不可欠なものです。
 夫婦みたいなもんです。
 料理人が移動するとなると、表立って話題になるのは「鍋」が優れた料理人。ですが、「鍋」が得意でも「板」の存在あって、その本領を発揮。「鍋」にとって不可欠な「板」も一緒に移動というのはよくある話です。

 それからすると「ヘイフンテラス」の香港からやってきた料理人のふたり。
 どうやら「鍋」と「板」のコンビではない様子。
 それは、私が食べた料理の「板」の仕事からも明らかです。

 「板」を仕切っているのは明らかに日本人の料理人。
 というのは私の勝手な推測、憶測ですが、多分、間違いのない事実でしょう。
 「豉椒蝦球」と「鹹魚鶏粒豆腐煲」の下拵えが、それを如実に物語ってます。

 香港の一応の料理店のキッチンなら、「板」から「鍋」に手渡す役目をになう「打荷」が、それを見て「板」に返すはず。
 
 そうか、「ヘイフンテラス」には「打荷」もいないのかも。
 その役割を担っているのは、香港の広東料理の手法や技術を香港の料理人から学んできた、日本のホテル系列の料理人、なのかもですね。

 生まれ、育ちは、隠せないもので、ホテルの料理店で修行した料理人の仕事ぶりにはそれなりの特徴がある。有名、無名を問わず、街中の料理店で修行を積んだ人とはその仕事ぶりが違いますから。
 もっとも、それは慨しての話、ってことになりますが。
 
 たとえば、下拵え、調理はきっちりとしていて、仕上がった料理には気品、品格がある。
 盛り付けにも工夫が凝らされていて、独特の美意識が貫かれている。
 優しくて、穏やかな味付け、というのも特徴だったりします。
 しかも、堅実で、アベレージも高い。

 それだけに、裏を返せば無難で、破綻がない、ってことになる。
 見映え、盛り付けの美しさとは裏腹に、これぞ!といった強烈なインパクト、奔放な個性には乏しい。

 実はそれって、ホテルにある中国料理店、東京だけじゃなくって香港の一流どころのホテルにある中国料理店の料理の数々にもあてはまこと。確実で無難。ですけど、刺激がない。

 そういえば、黒服の女史の話で、面白いことがありました。

 テーブルを共にした友人と私の間のやりとり、前にも話た通り、基本は日本語。
 ですが、料理名は全て広東語。
 それに「あ、それはいらな~い」というところも、私、思わず広東語で。

 かぶれもいいとこです!
 ところが黒服の女史、すかさず、それに応えて広東語で!
 って事態になると、私はドギマギ!

 「広東語、お得意なんですね!」と我が友人。
 黒服の女史、ただ微笑むだけで、なんも応えず。
 その微笑がかわゆい!

 「もしかして、香港にいらしたことあるんじゃないの?」と私。
 それでも黒服の女史、ただ微笑むだけ。なんも応えず。
 黒服の女史が口にする広東語、訛りがあって音声が不明確。
 かといって「なんちゃって」ではなく、修練と努力の跡はあり。
 多分、職場で鍛えられたのか、ちゃきちゃきの勢いがある。

 「ここに来る前、どっかの店にいらしたの?」と我が友人。
 その質問に、黒服の女史、一瞬ドギマギ!
 それまでのきっぱりとした表情とは裏腹に、ぽっと顔を赤らめ、恥じらいの表情。
 それがなんともいじらしかった!

 「どこにいらしたの?」 と、すかさず尋ねる我が友人。
 もじもじとした仕草のあとで
 「ええ、あのう~」とためらいながら、つぶやくようにぼそっと某店のイニシャルを。

 なんとも、いじらしい黒服の女史、でした。

 で、画像です。「あのう、お客様~」と、料理撮影禁止の「ヘイフンテラス」ですから。
 で、見つけ出したのが「王子飯店」の「魚湯千層浸時菜」。
 川魚を煮出したスープで、板湯葉と季節野菜を具にしたもの。
 こういう料理、日本ではおめにかかれません。

2008/04/15

ヘイフンテラスの謎と不思議の17

 我がPCのシンク君、ここんとこずっとご機嫌斜め。
 そればかりがついには職場放棄。
 そんなことから書き込み更新お手上げ状態。
 もしかして、黒服の女史の‥‥‥ 
 ともあれ、復活、お待たせいたしました!

 さて、「つい先日、「赤坂璃宮」にでかけましたよ」
 ヘイフンテラスに誘ってくれた友人からそんな話を聞かされたのは、今年に入ってからことでした。
 「食べました「鹹魚鶏粒豆腐煲」!そしたら「ヘイフンテラス」のと同じだった!」。

 その話を聞いて「成る程、そういうことか!」と思わず納得。
 それからひとしきり「ヘイフンテラス」での話しで盛り上がったことは言うまでもありません。
 食べた料理、その傾向や特色。そしてもちろん、黒服の女史の話もです。

 友人も「ヘイフンテラス」の「鹹魚鶏粒豆腐煲」を食べて「あれ?」と思い、なんだか心にわだかまり。
 思いついたのが「赤坂璃宮」で食べたそれ。
 ということで、たまたま出かけた際、注文してみたら、わだかまり氷解、ってことでした。

 それより、魚の腹を開いて蒸した「清蒸紅斑」、その蒸し方、料理、味付けもさることながら、黒服の女史の「(釣り)針があるといけませんので」という話の一件が、友人も私もいたくお気に入り。
 それを思い出しては、二人して大笑い。
 箸袋にそんなことが明記された「野田岩」に倣って「ヘイフンテラス」もそうすれば!
 なんて思ったりして。

 そして、先月の10日、とある用事で赤坂のホテルに出かけた帰り 「そうだ「赤坂璃宮」がBIZタワーに移転したはず」、と思い出して覗いて見ました。
 そしたら、なんと玄関に譚さんとPR担当の佐野さんが。
 これはいい機会とばかり、ご挨拶。久々にお目にかかったこともあって、新しい店のことなど伺いました。

 「それで、譚さん、伺いたいことがあるんですが。譚さんのところに香港から呼んだ焼き物の職人の方、いらっしゃいますよね」
 そしたら佐野さん、いきなり
 「ええ、今、奥にいますけど。呼んで来ましょうか」
 なんて言われて、ちょっとドギマギ!

 「いえいえ。まだいっらしゃるんですよね。
 いや、実は「ヘイフンテラス」に行った時の話ですが、焼き物を食べたところ、その味付けとか、焼き方とか「あれ?」って思って。それが「赤坂璃宮」のに似てたんで、なんでだろうと、ね」と、私。

 「え!? 色んなところに食べにいってんだ!」と譚さん。
 「でも、よくわかったね。あのさ、ウチにいたやつ、梁さんの下にいたやつなんだけど「ヘイフンテラス」に行ったんだよ!」、と。

 「え!? そうなんですか!」と私。
 やっぱりそうか、そのなのだ。
 これはしたり! と思ったことは言うまでもありません。

 「それから「鹹魚鶏粒豆腐煲」を食べたんだけど、一緒にいた私の友人、譚さんの店にもよく通ってんですが、同じだったって。私もそうかな、って思ってたんだけど‥‥」。
 「え!? そんなことまで、わかるの? いや、ウチにいた鍋のひとりが「ヘイフンテラス」に行っててさ、やってるんだよ」と譚さん。
 それから譚さんのところから「ヘイフンテラス」に移った料理人の話でひとしきり。

 「で、あのう、あそこって譚さんのところ以外からも(料理人が)行ってません?
 なんだか「聘珍樓」みたいなところもあるし。それに、譚さんが昔いらした「南園」の出身というか、「南園」系列の料理人もいるんじゃないかな、って思うところがあったから」と、私。

 「え!? そんなことまで、わかるの?そうか、わかるかもな。
 いや、そうなんだけど……「南園」出た料理人もいてね」、と譚さん。
 「もしかして、○○に行った‥‥」と、私。
 「え!? ○○だったらXXさん?」とすかさず佐野さんが話に加わる。
 「いや、そうじゃなくって……」と、佐野さんの話を遮る譚さん。

 なんだか私、東京の中国料理界のG-Menの気分! 
 いえいえ、決してそんなことありません。
 譚さんの話から「ヘイフンテラス」のキッチンには「赤坂離宮」、それに「南園」出身の料理人が、という確証をゲット。それ以外にもホテル系料理店出身の料理人が、という感触を得た、という収穫がありました。

 そうです。話をまだまだひっぱります。
 というところで、画像。
 「あのう~お客様~」と、料理撮影は禁止ですから。
 で、前回に続いて龍景軒の料理から、つばめの巣、たいらぎの蟹みそあえ。
 つばめの巣とたいらぎの異なるぷりぷり感の歯触り、噛み応え。
 とろみの餡とぷちんと噛み締めれば弾ける蟹みその濃密な味、風味に、うっとりとなります。

 こんな料理が「ヘイフンテラス」にあれば、なあ~って、ね!

2008/04/02

ヘイフンテラスの謎と不思議の16

 「話を引っ張るな!」、「黒服の女史はどうした?」 
 と、黒服の女史の復活、リクエストが相次いでいますが、今回も話の成り行きでちょい待ちです。

 さて、周さんが「璃宮」、譚さんが「廣州」で、それぞれ香港スタイルを取り入れていた前後、東京のホテルで広東料理を看板にする中国料理店も香港的な色彩を濃くしていました。
 それが顕著になりはじめたのは、80年代後半から90年代にかけて。ことに90年代に入って顕著になりました。

 いつだったか、ホテル・オークラの「桃花林」が、香港のマンダリン・ホテルの「文華」から料理人、サービスを呼んでフェアーを実施、なんてのもありました。
 そん時、驚いたのは、料理の値段の高さ。メニューに「例湯」がありました。値段は普通の店なら一品料理ほど。てっきり「窩」、つまりひと土鍋分ほどかと思ったところ、なんと小碗に一杯。1人用のものでした。
 それからもフェアーの他の料理の値段、推して知れるはず。収穫は、後に「文華」から「嘉麟樓」にヘッドハンティングされたマネージャーのリンゴ・魯、料理人の黎さん(という名前だったはず)に知り合えたこと。

  その黎さん、八王子の「海苑」の総料理長に招かれ、次いで、渋谷に出店した「海苑」の総料理長に。黎さんをおっかけて、両店にしばしばでかけたものです。
 八王子時代には、日本ではなかお目にかかれない「小菜」の類も提供。が、素材の調達に苦労してか「文華」時代ほどの力量は発揮できず。

 渋谷の店に移ってから、海鮮料理などは充実していたものの、季節素材を使った「小菜」などは、香港と同じ素材の確保が難しく、苦労していた様子。
 そうなんです。料理人がいくら名店の出身で、技量があったとしても、本領が発揮出来るのは、素材の調達や確保の決定権を握る経営者の度量があってこそ。そのうち、黎さん、帰国しちゃいました。

 もっとも、ホテル・オークラの「桃花林」の普段の料理、フェアーが終わったら、元通り。
 炒め物にしろ、煮込み物にしろ広東料理の老舗としての評価もなる程と思えるほどクラシック。
 というより、どの料理もたいてぶ厚いとろみがたっぷりで、旧態依然としたまま。日本に定着した広東料理のまさに王道といった印象でした。

 その「桃花林」と似たような傾向だと聞いていた全日空ホテルの「花梨」。
 実際に出かけてみると、風聞とは違いました。
 香港の郷土料理だけでなく、東南アジアの広東料理店でお目にかかるような、広東料理を下敷きに東南アジアの食材、風味を取り入れたフュージョン的な新趣向の料理にも出会いました。香港の郷土料理、味付け、調理など、香港の広東料理を反映したものでした。

 料理は上品で洗練されていて、穏やかで、優しい味付け。落ち着いた内装同様、香港の一流ホテルの中国料理店に通じるものがあったのが印象的。
 しかし、香港の料理店との関わり、香港の料理人にがやってきていたのかどうか、その詳細を知るには至りませんでした。
 そんなことを思い出し、今、書きながら、「ヘイフンテラス」の料理、「花梨」に通じるものもありかも、と思い当たったりして。

 香港では80年代はじめからホテルの中国料理店が一挙に開花。
 今はなきリージェント・ホテルの「麗晶軒」を筆頭に、ホンコン・ホテルに「麒麟金閣」、ペニンシュラ・ホテルに「嘉麟樓」、ハイヤット・リージェンシー・ホテルに「凱悦軒」、マンダリン・ホテルの「文華」も改装。グランド・ハイヤットに「港湾一号」、アイランド・シャングリラに「夏宮」、コンラッド・ホテルの「金葉庭」などが開店し、話題を呼んだことがあります。

 いずれも広東料理を看板にしながら、北京、四川など中国各地の地方料理も取り入れ、独自のアレンジが施してありました。ホテルの中国料理店ならではのもの。特徴のひとつに挙げられます。
 東京のホテルの中国料理店も、上海なり、広東なりをメインにしながら、地方色取り入れた内容構成。ですが、広東料理を看板にする店では、次第に香港色が濃くなっていきました。
 特に飲茶の点心が徐々に充実。それに比べて「小菜」などはその数も限られていました。

 もっとも、香港のホテルの中国料理店がそうなように、東京の一流どころ、また、外資系のホテルの中国料理店は、落ち着いた雰囲気、上品で優しく、時に洗練された料理を供するようになるなど、目覚しく変化していった時代。ホテル料理としての品格がありました。

 街中の料理店などでも香港から招聘された料理人が目立つようになりました。
 中でも興味を持ったのは、「Xing Fu」の総料理長の黎志健さん。
 最初は原宿、後、銀座に移転した薬膳料理の店の料理長ですが、香港出身で香港の料理店で修行してきたこともあって広東地方の郷土料理に精通。
 いかにも薬膳的な料理だけでなく、季節に応じて滋養供給や体調を整えるために作るスープをはじめ、広東人の日常の生活に根ざしたメニューがあり、また、その種の料理を頼めば、気取りのないお惣菜的な料理に出会えたものです。

 赤阪の「櫻花亭」も、黎さんの紹介で料理人を香港から招聘していたとおかみさんから聞いたことがあります。穏やかで優しい味付けが特徴で、香港的。香港体験のある人なら納得の味ですが、体験のない人にとってはいささか刺激がなさ過ぎたようで。
 やっぱり、中国料理、中華料理というのは、こってり、濃い味、のイメージが濃厚ですから。

 同時期、一般にはあまり知られていませんでしたが、香港の料理界の動向を察知し、人材を派遣していたのが大阪の辻調理師専門学校です。
 かつて松本秀夫先生が香港の「樂宮樓」で学んで以来、市川友茂、吉岡勝美先生が「敬賓酒家」に。
 同店は香港の食の歴史に残る名料理人で、「陸羽茶室」、ハッピーバレーの香港ジョッキー・クラブに迎えられて話題を呼び、後、独立した梁敬師傳が総料理長を務めていた名店です。

 その後、河合鉱三先生が「文華」、再び吉岡勝美先生がフラマー・ホテルの「富麗華」、堀内眞二先生が「麒麟閣」に、といった経緯があります。
 吉岡先生、河合先生は「どっちの料理ショー」などのTVの料理番組でおなじみのはず。ことに吉岡先生の「よくわかる中国料理基礎の基礎」は、必見の著作。

 そればかりか「文華」、「金葉庭」、「采蝶軒」を経て、香港ジョッキー・クラブの総料理長になった林勝倫さんや、周中さんを同校に招聘。
 といったように同校と香港の料理界との関わりは深い。
 その成果は、同校の授業で反映されるだけでなく、辻静雄校長が主宰する食事会で披露されていました。

 そして、周さんの跡を継いで謝華顕さんが総料理長になってからの「聘珍樓」が、俄然面白くなったのも印象的でした。
 謝さん、それ以前、80年に日比谷の「聘珍樓」の総料理長に就任。 もともとは広東省の江門の出身で、13歳から香港の海鮮料理店で修行し、22歳で翠園本店のチーフに抜擢。88年には香港に進出した「聘珍樓」の総監督に就任、といった経歴が聘珍樓のサイトに紹介されてます。

  謝華顕さんが総料理長を務めるようになって以来、「聘珍樓」は料理全体、香港色が濃くなり、「小菜」類も徐々に充実。それまで謝華顕の料理を目当てに日比谷の「聘珍樓」に出かけていたましたが、謝さんが総料理長になって以来、紀尾井タワーにあった頃の「聘珍樓」に足を向けたものです。渋谷の「聘珍樓」などでも、季節メニューが充実するようになりました。

 もっとも、謝さんが総料理長となって「聘珍樓」で目立って多くなった香港スタイルの料理、ことに「小菜」の類は、当時の香港の最新の食事情からすれば、いささかオールド・ファッション。言わば香港ローカル的なもので、田舎っぽく、泥臭いものもありました。もっとも、私にはそれが面白く、楽しみでした。

 その理由、謝さんはもともとは「翠園」に在籍、という経歴が物語っています。
 70年代には最新の流行だった「翠園」の料理も、80年代半ばには香港で広く一般化し、香港の中流階級の人々が客層の主流を占め、日常的な店として定着。「小菜」で一世を風靡した「翠亨邨」なども同様に、料理も目新しいものではなくなり、客層も変化していました。

 88年、「聘珍樓」は香港に進出。まだ周さんが総料理長を務めていた頃です。その際、香港店の総料理長を務めたのが謝さんだった、とは「聘珍樓」のサイトで知ったことです。そして、マネージャーは「麒麟金閣」からヘッド・ハンティング。ということからも、実に意欲的だったことがわかります。

 当時、香港では高級ホテルの中国料理店の内装、サービス、何よりも料理内容が洗練されていったと同時に、街中にも同様の姿勢、傾向の店が相次いで誕生。 そもそものきっかけは、かつて青山にあった「ダイニーズ・テーブル」をヒントに、西洋式のサービスと斬新な料理内容を打ち出した「麒麟閣」が発端で、以後、同種の店がいくつも開店しました。
 「聘珍樓」も、そうした最新のトレンドを反映した店として地元で話題になりました。

 私が興味を持ったのは、洒落た内装やサービスなどより、料理内容。
 「新派広東」の系列の中でも、ネオ・クラシック派に属する店、と思えたからです。
 大昔の拙著「香港的達人」でも紹介したように、広東地方の伝統的な郷土料理、広東省南部、珠江沿岸地域の料理を下敷きに、素材を改めて現代化し、プレゼンテーションも工夫した料理に出会えたのが面白く、興味深かった。
 ここ最近同様、あの時期もまた郷土料理の現代化、というのがトレンド、テーマとなり、ホテルの中国料理店以上に、街中の新しい店がその種の料理に積極的に取り組んでいたものです。

 そして、東京のペンシュラ・ホテルの「ヘイフンテラス」の総料理長に迎えられた鄧志強さん。
 「嘉麟樓」の前には、香港の「聘珍樓」に長く在籍。なんてことをネットで知りました。
 ですが、私、そんなことほとんど気に留めてもいませんでした。
 「ヘイフンテラス」で、実際に食事をするまでは!

 さて、画像。やっぱり「あのう、お客様~」と料理撮影禁止ですから。
 う~ん、どうしよう。
 で、探し出したのは、80年代、香港のホテルの中国料理店で花開いた「新派広東」、ネオ・クラシック派のスタイルを打ち出した「麗晶軒」のスタイルを踏襲し、それを再び甦らせ、同時に、より革新的かつ意欲的な傾向の強い料理を相次いで生んでいるフォーシーズンズ・ホテルの「龍景軒」の料理から。

 「雪花蟹肉魚翅羹」。「豆腐花」を下に敷き、蟹肉、さらにふかひれを載せて、葛引きの餡で仕上た羹です。 かつて「麗晶酒店」で張錦全さんのもと、「麗晶軒」の総料理長を務めていた陳恩徳さんが、スタッフととも考案したもの。
 「龍景軒」には他にも斬新な内容の料理が各種あります。

2008/03/29

ヘイフンテラスの謎と不思議の15

 そうです、なんだかいつの間にか15回目になりました。ついつい横道にそれちゃうもんで。
 というわけで、今回も黒服の女史、白服のパシリ君はお休みです!

 いつのことだったか、12チャンネルの日曜日夜の「浅草橋ヤング洋品店」で、中華大戦争、だったと思いますが、中華料理人の対決というのがありました。
 そん時に周さんと譚さんが対決。
 記憶にあるのはキャベツの千切りだか細切りだかの早切り競争。勝利を納めたのは周さんでした。
 ところが、周さんの包丁さばき、豪快でワイルド。それだけに、キャベツの細切りの幅が揃わず、めちゃくちゃ乱暴。一方の譚さん、きっちり丹念にキャベツを刻んで、幅も一定。
 というあたりからも、二人の性格、料理への姿勢、取り組みの違いを物語っているように思ったことがあります。

 譚さんに初めて出会ったのは80年代の半ば以後のこと。それまで「南園」に通ってましたが、譚さんが副料理長だったことなどつゆぞ知りませんでした。それが胡麻擂り屋(って、胡麻擂りの機械を扱う)石川さんに「南園」で食事会があるから、と誘われたのがきっかけです。
 その時、フレンチの石鍋さんも同席。ということから知己を得ました。
 そして、譚さんにも出会い、少し話を伺った次第。生真面目そうな方、というのが初対面の印象でした。

 その後、譚さんは飯田橋のホテル・エドモンドの「廣州」の総料理長に。
 「廣州」には譚さんの料理への興味もあってしばしば出かけました。
 料理の色彩、盛り付けの美しさ、繊細さ。だし作りの丁寧さ、穏やかで優しく口当たの良い調理、味付けが印象的でした。律儀で誠実な人柄がうかがえたものです。

 おまけに、日本式の伝統的な広東料理だけでなく、香港スタイルを積極的に取り入れ、郷土料理なども「南園」、それに周さんが総料理長を務めていた頃の「聘珍樓」や、独立して開店した「璃宮」よりも、その数が多かった覚えがあります。「煲仔」の類などもありました。

 その後、譚さん、周さんの赤阪の「璃宮」後を次ぎ、店名も「赤阪璃宮」と改め、オーナー&シェフとして采配を。
 周さんの「璃宮」から譚さんの「赤阪璃宮」になって、まず変わったのは、ホテル式のサービスを取り入れたこと。とはいうものの、当初はいささかぎこちなく、街中の店にしてはスタイリッシュ、というか勿体ぶりすぎ、だった印象で。
 そして、料理に関しては香港色がぐっと濃くなった。ふかひれなどの乾貨素材を主体にした料理は、香港スタイルを踏襲し、出来る限りそれを再現。

 そういえば、福臨門が東京に進出した前後、中国飯店六本木支店がそれに対抗してかそれまで看板だった「紅焼魚翅」、ふかひれの醬油煮込みだけでなく、澄まし仕立ての「清湯魚翅」を急遽メニューに追加し、提供。ところが、付け焼刃は否めなくって散々の出来栄え、なんてことがありました。

 それに比べてば、「赤阪璃宮」の「紅焼魚翅」。ふかひれの醬油煮込みに、炒めもやし、金華ハムの細切りを用意。もっとも、別皿に添えるのではなく、テーブルに運ばれてきた時には、すでに皿の中、というのは面喰らいましたが、香港スタイルを踏襲という精神と姿勢に納得し、応援のエールを送りたくなったものです。

 それ以外にも香港の広東料理店ではごく当たり前な「煲仔」類などの種類、バラエティーも実に豊富。
 もっとも「煲仔」類、なんでだかだし汁が多かったような。
 そういえば、フード・ライターの森脇さんが譚さんに依頼し実現した会食に参加する機会を得た時には、日本ではめったに得られない素材を使った料理にも遭遇。

 中でも印象的だったのは焼き物の類。ハトの丸揚げの「脆皮焼乳鴿」。
 その「脆皮焼乳鴿」、私の香港体験に照らし合わせれば、沙田の駅前に並ぶ料理店での「焼乳鴿」や、サンミゲル・ビールの工場がある深井の料理店の「焼鴨」の味にも似ていて、少し濃い目の味付けで、しっかりの焼き加減。なんといっても香港ローカル、庶民的で大衆的な親しみのある味。昔ながらの老舗や大衆的な店で出会える懐かしい味、風味のものでした。

 なんと譚さん、「赤阪璃宮」を始めるにあたって、焼き物の釜を設置するだけでなく、焼き物専門の職人を香港から招聘。とても頑固な料理人で、焼いた物はそのまま食べてもらうのが一番、ってことから「ほら、香港じゃ、焼いた鳩にレモン汁と塩を添えたりするでしょ?それが、だめだっていうの。味がはしっかり付いてるからって!」と、譚さんも苦笑い。

 譚さんが香港の広東料理を積極的に取り入れ、そればかりか焼き物の職人を招聘したそもそものきっかけは、譚さんが「南園」に呼ばれた頃の昔に遡るそうです。 その話、dancyuで譚さんに取材した時にも聞きましたが、ネットでの譚さんのインタビューにあります。

 「南園」に呼ばれた譚さん。束ねることになった部下は全員広東省の出身。
 ところが華僑の譚さんが話す広東語ではコミュニケーションがとれない。そんなことから語学学校に通って広東語を改めて勉強、なんてこともあったそうです。

 それより、香港からやってきた料理人の素材の扱い、素材の捉え方、調理技術は、それまで譚さんが学び、やってきたものとはまったく違ったのに衝撃を受け、以来、譚さん、香港の料理人に教えを請い、「板」も「鍋」も、すべて一からやり直し。なんて話、dncyuの依頼で譚さんを取材した時に知りました。

 「ワ!譚さんてすげ!」と、年長の方に向かって失礼ですけど、正直そう思いました。
 料理人として年季を積み、一応の歳になっていながら、頭の中を切り替えて、料理人として再スタート。その姿勢、意気込み、意欲に感心しました。

 そんな譚さんだけに香港の広東料理への興味、関心は、並々ならぬものがあったようです。
 周さんが「新派広東」の華々しい一面に刺激され、自身の料理に取り込んでいったとは対照的に、譚さんは香港の伝統的な広東料理、宴会料理だけでなく、旬の素材、日常的な素材を使った家郷菜、家常菜に注目。

 その成果、「廣州」ですでに片鱗を見せていましたが、ホテルの料理店、ということもあってか、いささかセーブ。
 しかし、オーナー&シェフになった「赤阪璃宮」ではそれを一気に開花。
 「え!こんな料理があるんだ!」と、日本ではなかなかおめにかかれない料理、「小菜」の類を、月替わりの料理長のお勧めのメニュー、コースの中に発見。
 譚さんにとっては念願のもの、だったのでしょう。

 ある時「赤阪璃宮」で出会った料理。トマトにひき肉の詰め物をした料理でした。
 「ね、譚さん、これ、「陸羽茶室」の雀の肉を詰めたやつがヒントでしょ?」と、尋ねると、
 「ふふ、そうそう、よく知ってるね!わかっちゃったか!」と、照れ笑い。
 
 そんな時、尋ねても返事をはぐらかしたり、「え!? 」と、一瞬、躊躇しながら「いや、あの私が~」なんて返事だったりすることが多いんですが、譚さんは、正直で率直。
「旨かったし、おもしろそうだから、中味の素材、置き換えて作れるじゃないかと思ってね」と、話してくれたもんです。 
 
 その時の譚さんの目の輝きが素晴らしかった。その率直さ、堂々とした譚さんから自信の程もうか換えました。
 美味しいものに出会えば、早速、それを取り入れ、自らの手で実現、という料理人は少なくない。ですが、その根っ子まで見つめ、取り入れる、と言うのはなかなか容易じゃない。その点、譚さん、しっかり根っ子のところを見据えていた様子。
 
 それに「こんな料理があるんだ」という新鮮な発見、驚き、素直な喜びも伝わってきました。
 美味しいものが好き、ってことだけでなく、探究心が旺盛で、意欲的。香港の広東料理、それも旬の素材を生かした家郷菜、家常菜に目を向けて、くまなくリサーチ。それもネタやアイデア探しってことじゃなく、その根源にあるものに目をやる譚さんの姿勢を物語ってるように思えました。

 とはいえ、香港で定着した伝統的な広東料理、宴会料理にも並ぶような高価で稀少な素材を使った家郷菜などを積極的に取り入れたものの、「赤阪璃宮」の開店当時、日本では素材の入手が難しかった。譚さん、店のスタッフを引き連れ、研修料理をかねて、素材調達のためにせっせと香港通い。

 香港で素材を調達し、広東地方の家郷菜、家常菜を用意しても、客には馴染みがなく、注文も少ない。
 「なにしろ、ふかひれの料理にしても、醬油煮込みの「紅焼」ぐらいしか馴染みがなくて、出ないから。それ以外だと、色々薦めてみても、なかなか受け入れてもらえないんだよ」と、当初は苦戦。
 店のサービスのスタッフ自体、その種の料理に馴染みがなかったことも一因だったようです。

 さて、画像。そうです「あのう、お客様~」と料理撮影禁止のヘイフンテラスですから。
 で、探し出したのは九龍城市「創發」のカウンターに並ぶ煲仔や惣菜の類。
 「創發」は潮州汕頭地方の料理が看板。香港の街中に多い香港化された潮州料理店とは違って、汕頭のローカルの味を紹介。
 広州、順徳の料理とは趣が違いますが、とりあえず、惣菜の類、煲仔の類はこんな感じ!
 というのをご紹介

2008/03/28

ヘイフンテラスの謎と不思議の14

 さて、面白いのは周富徳さんと譚彦彬さんの二人。
 私の知る限り、接した体験からすれば、二人の性格、人柄、料理に対する姿勢、取り組み方は対照的。 なんといっても二人が作る料理が、すべてを物語っているといえんるじゃないかと思います。

 ちなみに周さんと譚さん、ともに生まれ育ちは横浜。子供の頃からの知り合いで、遊んばかりいたワルガキだったとか。

 周さんは18歳の時、譚さんは横浜の中華街の店を経て、芝の「留園」を経て、周さんと同じく新橋の「中国飯店」に入店。同店には、現在の日本の広東料理界を支える梁 樹能(ホテルオークラ)、麥燦文(全日空ホテル)、潘継祖(プリンス・ホテル古希殿)、鄧 廣寛(リーガロイヤルホテル)といった錚々たる顔ぶれが揃っていたそうです。

 その後、周さんは京王プラザホテルの南園へ。譚さんは名古屋、仙台のホテルを経て南園へ。周さんは南園の後、聘珍樓をへて独立し、赤阪に璃宮、さらには広東名菜富徳、周苑などを開店。
 一方、譚さんは南園の後、廣州(ホテル・エドモンド)を経て、独立し周さんの「璃宮」の後に「赤阪璃宮」を開店。銀座の交詢社ビルに銀座支店を出店。赤阪店はTBS赤阪Bizタワーに移転したばかり

 周さんとは荻昌弘さんに紹介されて知り合いました。
 私も一時メンバーだった千葉の柏の知味斉の「知味の集い」で
 「周さんの案内で香港旅行がありますが、どうです、ご一緒に」 
 と、荻さんに誘われ、そのツアーに参加したのがきっかけです。
 KIHACHIの熊谷喜八さんもツアーに参加。ということで熊谷さんと知り合いました。
 それからも周さんとは何回か香港に一緒する機会がありました。
 以来「聘珍樓」、それに弟の富輝さんが後を継いだ横浜の「生香園」にも足を向けるようになりました。
 荻さんに誘われての知味の会での香港旅行は、香港の有名店で豪華な内容の宴会料理や鯉魚門で海鮮料理を楽しむ、といった趣向のもの。
 「知味の集い」のメンバーは食にうるさい方々がほとんど。
 鯉魚門での海鮮料理はごく一般的なものでしたが、それ以外は「乞食鶏」があるなど、それぞれに凝った内容。
 とはいえ、当時、血気盛ん(って食に関しては今でもそうか?)な私としては、昼の食事、飲茶なんかではつまらない。

 そんなことからツアーの主宰者がいないのを見計らって、知り合ったばかりの案内の周さんに「ね、周さん、海鮮料理とか宴会料理もいいけど、フツーのお惣菜とか郷土料理も食べたいんだけど、だめかなあ」と、堪え性のない私はあつかましくも願い出ました。

 いきなりの私のリクエストに、周さんはキョトン。
 「ほら、蒸肉餅とか、煲仔とか~」 と言う私に、しばし沈黙のあと
 「わかったわかった、小倉さんのリクエスト、やってみるよ」
 てなことで、2日目の昼は家郷菜がずらり。

 そのメニューの数々、荻さんはじめツアー仲間の方にとって初めての出会いだったようで大好評。
 そんな風に、気安く頼みを聞き入れてくれ、安請け合いなんかじゃなく、すぐさま実行に移してくれる。周さんの人の良さを感じました。

 それから、別の知り合いの集まりで、周さんと一緒に香港ツアーを、ということになりました。
 周さん、我ら仲間だけでなく、雁屋哲さんが連載していた「美味しん坊」の読者香港招待の案内を依頼されていたそうで、「どうせなら一緒に!」という周さんの提案もあってジョイント・ツアーを実施。

 その時、ちょっとしたハプニングが福臨門で勃発。
 というのは、化学調味料を嫌う雁屋さん。それに対して、福臨門だって化学調味料を使ってるから、と周さん。
 マジになった周さんの厳しい表情は忘れられません。

 その時、いろいろあったコトの顛末は、当時、雁屋さんが新聞(東京新聞だったか、産経新聞だったか)で連載していたエッセイで紹介。
 おもしろい話でしたが、その連載が本になった時、私のかみさんのコメントなども記されたその項目は、ばっさりカット。同著には掲載されずのままになりました。
 なんでそうなったのか、今だそれは謎で、不明です。
 それについて雁屋さんに尋ねたり、確かめもしませんでしたから。

 で、その時、もうひとちょっとした出来事が。
 鹹魚の味に魅せられた雁屋さん。なんとか鹹魚を入手したいと、周さんに頼み、一緒に鹹魚の買い付けにでかけました。そして周さんの案内で雁屋さんが入手した鹹魚、曹白でも馬友でもなく、もっぱらダシ取りに使うばかでっかいだけの鹹魚。雁屋さん、あの鹹魚、一体どうやって調理し、味わったんでしょうか。

 当時、頻繁に香港に通っていた周さんは、香港の最新事情に精通し、香港の新潮流、新しい料理の動きを取材し「専門料理」の別冊号としてまとめて出版したこともあります。しかし、最新の動向には詳しかった周さんですが、地元の人の普段の食、郷土料理や家庭料理にはあまり関心はなかった様子。

 もっとも周さん、「鹹魚」についてはご存知でした。
 なんでも香港からやってきてた料理人が「鹹魚」を香港からせっとと取り寄せ、まかないのおかずにしていたこと。しかも取り寄せた「鹹魚」が、「まかないにするにはべらぼうな値段なんだよ」と苦笑い。
 ともあれ、「鹹魚」はキッチンのまかないを横目でにらむだけだったとかで、種類などについて詳しくないって様子、話ぶりでした。

 それからしばらくたったある日の朝、周さんからの電話で起こされました。
 「あの、鹹魚のことなんだけど、曹白ってどんな魚かわかる、小倉さん?
 それから、馬友もなんだけど」、と。
 雑誌の取材で「鹹魚」を使ったものの、魚の種類については説明のしようがない。
 私が周さんに「鹹魚」話をしたのを思いだし、連絡くれたってことでした。

 周さん、今じゃそんなことすっかりお忘れでしょう。
 その話からもわかる通り、周さん、素直で率直、しかも、屈託がない。
 おまけに、香港で私の料理のリクエストにすぐさま応じてくれたように、思い立ったらすぐ実行、って性格なんだと思いました。

 それに、先の雁屋さんの「鹹魚」話でも明らかなように「鹹魚」についてさほど関心もなく、詳しくはなかった周さんですが、いつのまにか「鹹魚」について熟知し、料理に活用。
 なんてことから、思い立ったら即実行、意欲的な姿勢の持ち主だってこともわかりました。
 周さんが「鹹魚」を塩鮭に置き換えた「鮭の炒飯」を考案し、TVなどで積極的に紹介しはじめたのは、それから間もなくのこと。

 「鮭の炒飯」と共に、周さんの料理で必ず語られたのが「えびのオーロラ・ソース」。
 中華風えびの特製マヨネーズあえです。
 本人に確かめたわけではありませんが、そのアイデアの素になったのは香港で「新派広東」が流行した時期、「沙律醤」つまりはマヨーネーズを使った料理が各種登場。
 それがヒント、きっかけになったんじゃ?なんて、私は思います。

 私が周さんと知り合った時期、周さんは「聘珍樓」の総料理長。
 香港に頻繁に出かけていた周さんは、先にもふれてきたように香港の食の最新の動向を日本に紹介。
 「新派広東」にはいろいろ流派、系統がありましたが、ことに西洋や日本の料理素材を積極的に取り入れたいわばフュージョン的な料理に大いに刺激を受けた様子でした。

 最新の流行、動向に目を見張らせる、っていうより、鼻が利くんでしょう。
 目新しいものをは敏感に察知。積極的にそれを取り入れ、とりあえずは試し、自分なりの方法で新しい料理、方法を考案。 そんなどん欲な探究心の持ち主だってこと。それに、思い立ったらすぐさまそれを実行、という意欲的な人物なのだ、とわかりました。

 そういえば、香港で定着しながら、日本ではまったく紹介されずにいた潮州料理に目をつけ、広尾でそれを看板にする「潮」を開店。むろん聘珍樓の経営者の判断があってのことでしょうが、周さんの臭覚の産物だったんじゃないでしょうか。 もっとも、残念なことには、しばらくして閉店。

 そして周さん、聘珍樓から独立し、赤阪に「璃宮」を開店。
 同店では、日本に定着した広東料理、香港スタイルの広東料理だけでなく、香港の最新流行を下敷きに周さんの考案した料理、それに広東地方の郷土料理、つまりは家郷菜、それに、周さんのおふくろの味たという家常菜が看板でした。

 中でも楽しみにしたのは、日本で、東京で、滅多にありつけない広東地方の郷土料理が食べられる、ってこと。それに、周さんのおふくろの味だという家常菜。
 期待したことはいうまでもありません。
 ところが、広東地方の郷土料理、香港そのままじゃなく、周さん流にアレンジしたもの。
 たとえば、煲仔の類。炒め煮込み、煎り焼き煮込み、じゃなくって、なんでだかだし汁たっぷりのだし汁煮込み。
 「え!?、こんなのあり?」と、正直言って思ったものです。

 もっとも、中には香港ではおめにかかれず、初体験の料理の数々も。
 なんとそれこそは周さんのおふくろの味。周さんのお母さんが作ってくれたという料理をもとにした、ってことでした。
 
 言ってしまえば、なんてことないお惣菜の類。優しくて、ほのぼのとしていて、心温まるような素朴な味。
 あ、そうか、華僑の一家として育った周さんのお袋の味、なんだと納得。
 しみじみとして味わい深いものがありました。

 で、画像。
 そうです「あのう、お客様~」ということで、料理撮影禁止のヘイフンテラス
 ってことを貫き通さねば、男がすたる。
 で、探し出したのはごく普通のお惣菜。
 「肚尖鹹酸菜」。豚の胃の尖端と漬物の炒めもの。
 マカオのリスボアホテルの中国料理店で食べたもの。
 マカオですから、いなたくて、素朴な味。ですが、しっかり、風味がありました、てのはさすがです。

 追記、思い出に残る周さんの麗しい話。
 荻昌弘さんの1回忌だったか3回忌だったか、列席した周さんがお供えに持参したのが、自ら鍋を振ったという炒飯。
「(荻)先生に誉めてもらったし、先生のお気に入りだったから」とのことでした。

2008/03/27

ヘイフテラスの謎と不思議の13

 黒服の女史、白服のパシリ君のファンには申しわけないですが、ここでちょっと話はわき道に。
 ことのついでに東京の広東料理店における香港の広東料理との関わりについて触れておくことにしたいと思います。
 むろん、ヘイフンテラスの料理を理解、把握するのに無関係ではありません。

 まず、70年、大阪で開かれた万博に香港の美心グループが出店。それをきっかけに、翌71年、香港で「翠園酒家」が誕生。鳳城(順徳/大良)と羊城(広州)の郷土料理を取り入れた料理、飲茶の点心のバラエティー、ことに洋風のサービスを取り入れたことで一躍話題となり、脚光を浴びて成功を収めました。香港の経済的な繁栄を背景にしたミドルクラス層の台頭、というのも成功を支えた大きな要因です。 
 結果、次々に支店を開店。その一環として東京に進出し、田村町に「翠園酒家」を開店。というのが香港の広東料理店の日本進出第1号、だったはず。

 で、私が東京の中国料理店事情の調査、フィールドワーク、早い話、中国料理店の食べ歩きを本格的に始めたのは74年前後から。

 当時の食のガイド、雑誌の中国料理の特集で取り上げられていた料理店を巡り歩き、評判の店、有名店はほぼクリアー。
 広東料理に限らず、上海、北京、四川料理店なども含めてのことです。

 頻繁に出かけたのは赤阪の「樓外樓」、六本木の「中国飯店別館」、西麻布の「北海園」といった所です。今、思い起こせば、広東料理店といえば「翠園酒家」ぐらいのもの。その数は少なかったような覚えがあります。

 それから、香港に初めて旅行したのが79年。香港での広東料理体験が私の中国料理に対する認識、見解を一変させた、というのはこれまでにもお話してきた通り。
 以来、東京での中国料理店巡り、行脚も少なからず変化。とくに広東料理に関しては、香港で体験した料理、味、風味を求め、捜し歩きました。

 もっとも、香港そのままという店、料理を見つけ出すことは出来ませんでした。
 しかし、香港に近い料理店、味は見つけられました。
 たとえば、改めて存在を再認識した田村町の「翠園酒家」。渋谷の道玄坂の「井門」。味は今ひとつですが飲茶の点心が豊富に楽しめた新宿の東京大飯店。元は田村町(だそう)で、六本木に引っ越したという中国飯店。香港というより、広東省、広州の色彩が濃く、ひなびた素朴な味が楽しめた四谷の「嘉賓」などです。 もっとも、翠園、井門では面白い料理があったものの、それ以外の店は飲茶か麵、飯類などが中心。

 もちろん、苦い思いだってしました。
 人に薦められて出かけた有楽町の某店は、麺類はともかく料理が粗雑で乱暴だったのに閉口。
 某有名ホテルの高級店では、伝え聞いていた評判から「あの、化学調味料、抜いてもらえますか?」と頼んだのにも関わらず、それでもどっさり。

 顔は引きつる、胸の動悸は激しくなる。ぶるぶる震えながらテーブルの端を掴んで体を保つのがやっと。黒服の人も泡を食って、救急車を呼びましょうか、という事態に陥ったこともあります。

 私、化学調味料を一定のレヴェルを超えて多量摂取すると、そんな状態になる。
 というのはなかなか信じて貰えないんですが、事実です。
 好き嫌いとか、自然食信望とか信条以前の問題で、あるレベルの摂取量を越えると、もうダメ。
 まったく処置なし状態。
 
 ま、化学調味料と塩分とは密接な関係にあって、塩分摂取過多もその要因じゃないか、とまあそれは私の勝手な判断です。

 話を戻して、ともかく、東京の中国料理店行脚、それも、香港に近い味に出会える広東料理店、ということで見つけ出したのが、京王プラザの南園でした。

 南園には旬の素材を使ったメニューがあり、私が探していた郷土料理的なもの、煲仔などもありました。メニューにはなかった料理、例えば青菜の蝦醬炒め、それに食べたい料理をメモに書いて黒服の人にキッチンに出来るかどうか尋ねて貰う、なんてのもよくやってました。
 たいていの場合OKってことで、作って貰えたものです。さすがホテルのサービスは違うと感心。
 以来、機会を見つけては「南園」へ。

 ところが、ある時期から
 「「蝦醬」は匂いが強く、周りのお客様にご迷惑にもなりますので、お作りできません」
 と、突然の宣告。
 以来、足が遠のくようになった次第。
 楽しみを奪われりゃ、足が遠のくのも当然でしょう。」
 
 その「南園」、周富徳、譚彦彬らを輩出、ということで有名です。
 ネットで見つけましたが、06年、京王プラザホテル35周年記念イベントの一環として開催された南園出身の料理人による競演「中国料理「南園」巨匠たちの晩餐」のニュース資料によれば、他に現「龍天門」(ウェスティン・ホテル)総料理長の陳啓明、現「桃園」(ホテルEast21)総料理長の中川俊勝、現「南園」総料理長の李国超らの名もあります。

 残念ながらその三方にはお目にかかったことがありません。それ以外に、当初「桃園」(ホテルEast21)の総料理長だった中島さんなどもいらっしゃったはず。

 私が「南園」に通い始めたのは、周さんが「聘珍樓」に移り、入れ替わって譚さんがその後をついでからのことじゃないかと思います。
 その「南園」、日本の中国料理人を輩出するとともに、開店当初から香港より料理人を招聘。ということが、香港の広東料理、しかも、郷土料理的な料理に出会える機会が多かった、という理由のようです。

 どんな料理人が招聘されていたのか、興味あるところですが、その資料を持ち合わせてません。
 唯一、覚えているのは、許さん。もうひとり、許さんの相方にあたり「板」を得意とすると聞いた料理人の方の存在。香港では許さんよりも、もうひとりの人の方が日本から香港に戻って後、現地の新聞などで見かけることが多かったのですが。

 私が関心を持ったのは、そのふたりがミラマー・グループ系列の翠亨邨茶寮、同グループと関わりのある料理人、という話を耳にしていたからでした。後に許さんには周さんの紹介で出会ったことがあります。周さんに面白い店があるからと教えられ、手渡された紹介状を携えて会っただけのこと。

 その許さんが組んでくれたコース、「家鴨の料理はOK?」と聞かれ「OK!」と返事しました。
 一体、どんな郷土料理のスタイルの家鴨の料理なのか。
 楽しみにしてたら、何のことはない、ぬあんと「北京ダック!」。
 他の料理もごくありきたりな海鮮主体の料理。
 しかも、べらぼうな値段だったりしたこともあって、今だ忘れられない。
 そうです。これまでさんざん苦労してきたからこそ、今日のが私がある!

 翠亨邨グループはミラマー・ホテルを拠点に74年に開店。広東地方の伝統的な郷土料理、家庭料理などの小菜を小皿(といっても小サイズ盛りの意味です)で提供。その内容、幅の広さ、豊富さで話題を呼び、以来、香港でブームになり、結果、グランド・メニュー以外に、季節の素材による小菜を記した小メニューも一般化、ということなったそうで。

 一時の「南園」の料理長のお勧め、あるいは季節メニューには、その片鱗を伝える料理がありました。田村町の「翠園酒家」よりも香港の新しい潮流、流行を伝えていたものです。
 とはいえ、それはごく一部。ですが、香港の味を求める私には貴重な存在でした。 

 その「翠園酒家」も、つい最近、閉店したそうで。
 これを書くうち、確認のためネットで調べたところ、初めて知りました。 寂しい限りです。

 で、画像。
 やっぱり「あのう、お客様~」と料理撮影禁止の「ヘイフンテラス」ですので。
 なんて言いながら、テーマに即した画像を見つけるのに必死。
 というわけで見つけ出したのが「家常老少平安」。
 豆腐に白身魚の切り身、もしくは、擂り身をあわせ、だしを張って蒸したもの。
 「蒸水蛋」、鶏卵、家鴨の卵、家鴨の卵の塩漬けの鹹蛋などをまぜあわせて蒸した茶碗蒸し風の料理とともに、私の好みのおかずです。

 こんなのが、東京の広東料理店で食べられるといいな、とずっと思い続けてますが、料理店で出会ったことがありません。

2008/03/25

ヘイフンテラスの謎と不思議の12

 続いて「鹹魚鶏粒豆腐煲」。
 土鍋でサービス、しかもぶくぶく煮汁が泡立ってる程の熱々の状態、というのが実に嬉しい。
 おかず、お惣菜という趣の素朴な色合い、鹹魚を使った料理独特の香りが食をそそります。
 この料理、いつだってご飯が欲しくなる。

 とはいうものの、だしの汁気が多目、というよりも、たっぷり。
 香港ではこの料理ではありえない。お目にかかったこともありません。

 ン?!
 どっかから天の声?いや、黒服の女史の声だ!
 「香港ではよくあること~お客様がご存知のはずじゃない……かな?」って。

 そうですね。私が知らないだけかも。黒服の女史にしてみればあり得るのかも。
 なんて、そんなことはないです、あり得ない。
 この料理、だしの煮汁は少なめ。多くてもひたひたか、ひたちょい多目、というのが香港では一般的。

 この「鹹魚鶏粒豆腐煲」はじめ、各種の具と春雨を炒め煮込みした「粉絲煲」など、土鍋を使った「煲仔」の料理が日本の多くの広東料理店、それもホテル内の中国料理店のメニューに乗っかるようになったのは、80年代に入ってからのこと。
 それ以前は、田村町の翠園酒家だけだったような。その辺りの事情については、後述します。

 ともあれ、広東地方の伝統的な郷土料理、家庭料理、特に「煲仔」が紹介されるようになったのは、香港の広東料理への関心が高まりが関係してのこと。香港の料理人が盛んに招聘され、新しい料理とともに、郷土料理も紹介されるようになった、というのがそもそものきっかけ、だったようです。

 ところが、日本の広東料理店で紹介されたほとんどの「煲仔」の料理、なんでだか、煮汁たっぷり。だし汁煮込みといった趣です。 
 なんでそうなったのか、私には不明です。
 そうです、だし汁、煮汁たっぷりのヘイフンテラスの「鹹魚鶏粒豆腐煲」は、明らかに日本の「煲仔」を踏襲したもの。

  それに、豆腐、鶏肉の切り方、下拵えのアバウトさは前述の通り。料理名にある「粒」の一文字が物語るように、素材の切り方、本来は賽の目切り。それも小ぶりのそれのはず。とはいうものの、香港でもその辺りはアバウト。それでも、豆腐、鶏肉のサイズはほぼ同じ。その辺りはきっちりしてます。

 ヘイフンテラスの「鹹魚鶏粒豆腐煲」。味付けは穏やかで上品。というあたり、ヘイフンテラスらしさがうかがえる。ヘイフンテラスならではのものだと言えるかも。
 とはいうものの、料理に力強さがない。それに、目の前の運ばれてきた時こそ、食そそそる香りはあっても、食べてみると、料理そのもの香り、風味に乏しい。

 「そういえば、このひなびた、素朴な感じの味わい、味付けに覚えあり、どこだったっけ?」と、記憶センサーが稼動しはじめる。
 結果、思い浮かんだのは、謝華顕さんが総料理長を務めるようになってからの「聘珍樓」で出会ったやつだ!

 「いや、まてよ。「板」と「鍋」の感じからすると、もしかして「赤阪璃宮」? けど、譚さんの料理に比べると、味にメリハリ、慎重なきめ細かさがない!」などと思い浮かぶうち、「そうだ、焼き物は「赤阪璃宮」で食べた味!」と、いきなり別の記憶センサーの回路が稼動。
 飯食ってる時の私の頭の中、だいたいそんな按配で、様々な回路が縦横無尽に入り乱れ。
 ま、普段もそんな風だったりしますけど。

 そして、「皮蛋」と塩漬け卵の「鹹蛋」を使い、炒めたほうれん草にだしの「上湯」を加え、煮浸しにした料理「金銀蛋上湯浸菠菜」。
 その色合いや見た目の美しさ、穏やかで優しく上品な味については、前述の通り。

 最近でこそ東京の広東料理店はじめ、オーナー・シェフの店などでのメニューに見かけるようになりましたが、案外、これぞというのにはなかなかお目にかかったことがない。
 鍵を握るのは「皮蛋」それに「鹹蛋」。ことに「鹹蛋」の質、状態。それに、なんといっても、だしが肝心。

 ということでは、ヘイフンテラスの「金銀蛋上湯浸菠菜」、だしがいささか弱い。それにほうれん草の下拵え、その切り方などがざっくばらん。それに「香」、「風味」が乏しい。
 そんな問題を抱えつつも、香港のそれをほぼ踏襲。福臨門の「金銀蛋上湯浸菠菜」に続いて第2位のポジションを確保。
 その日食べた料理の中ではベストの出来栄え。ヘイフンテラスではお勧めしたい一品です。

 さて、問題の「清蒸紅斑」。
 再び、黒服の女史の「あのう、香港ではよくあることですし、お客様の方がよくご存知のはずじゃないか…なあ」と、要は「お客さまがご存知ないだけ!」と暗にほのめかしたあの言葉が甦る、魚の腹を割いて蒸す「清蒸海斑」(と、私もいささかしつこい!)

 家に戻って、手持ちの資料やらネットで検索。
 確か香港料理大賞でそんなのがあったはず。
 ありました。2003年の魚料理部門で最優秀金賞を受賞した翠亨邨の《Steamed Spot Garoupa with Hashima》がそれ。もっとも、雪哈を魚の上にどっさりというもの。

 同年の受賞作には、他にも腹を開いた魚を蒸した料理が。ても、これだけで「香港ではよくあることですから」とは、言えないんじゃないか、って私もしつこいか。
 これ以外に、以前、香港の雑誌か新聞のクリップで見かけた覚えはありますけど、今や忘却の彼方。 

 ともあれ、ヘイフンテラス独自のスタイルなのは確か。
 ですが、調理は日本人の料理人だったことは、黒服の女史の証言にも明らかです。

 こうしてヘイフンテラスで食べた料理を振り返ってみると、「嘉麟樓」、それに香港の味というよりも、一時の(っていうのは、最近ご無沙汰なもんですから)京王プラザの「南園」、及び同店出身の料理人が総料理長を務め、独立して開店した店、さらに、謝華顕さんが総料理長を務めるようになって以来、より香港的な色彩の濃くなった「聘珍樓」のイメージが思い浮かび、重なる、というのが面白く、興味深いところであります。

 こんなことなら、やっぱヘイフンテラスのふかひれの料理、食べておけばもっと諸事情が明らかになったのかも。などと今になって後悔してもしょうがないか。
 いや、ふかひれを食べたら食べたで、別の展開があったかも、ですね。

 それにしても、料理全体を通して私の知る「嘉麟樓」ではなくて、「聘珍樓」のイメージがじわじわと浮かび上がり、やがて、日本、というよりも東京で香港と関わりのある料理店の面影が随所に顔をのぞかせる、というのは意外でした。

 画像は、おなじみ「あのう、お客様~」ということで料理撮影禁止。
 探し出したのは、だし汁ひたひた、しかも少なめの「煲仔」の「大馬站煲」。
 豚のアバラの焼肉、豆腐の蝦醬風味の炒め煮込みです。

2008/03/23

ヘイフンテラスの謎と不思議の11

 黒服の女史にとっては「止め」だったに違いない言葉を、思い出しては苦笑い。
 それよりも食べた料理のことが頭から離れない。

 そうです、料理を食べるたびに「あれ、これ、どっかで食べた味、出会った味」という思いが駆け巡り、頭の隅っこに潜んでいた記憶がもぞもぞと這い出し、甦ることしきり、でしたから。
 食べた料理の一品一品を思い出し、思いつく限りのことをノートに記しました。

 ちなみに、私の料理のチェック・ポイントは中国料理の要、必須の条件である「色・香・味」に準じたもの。もっとも、中国料理だけに限ったことではありませんが。

 まずは、料理の色合い、盛り付け。それから素材の切り分け、下拵え。
 一品の料理における素材、副素材の分量の加減、按配です。

 そうそう、中国料理といえば大皿にたっぷり、というイメージをお持ちの方が多いはず。もっとも、香港はもとより中国本土での本格的な宴会料理では、一皿の分量はきっちり。
 8種、あるいは16種の前菜などは、それぞれが綺麗に美しく盛り付けられてます。
 大菜はじめ、大皿で運ばれる料理にしても、一皿の分量は美的に盛り付けられ、主素材、副素材の分量、按配なども過不足がない。
 どさっと大盛り、てんこ盛りなのは、惣菜的な料理、それに家庭の惣菜ぐらいなもの、じゃないでしょうか。

 そして、盛り付け、素材の切り分け、素材の分量などの見た目に続いては、実際に食べてみての舌触り、歯触りといった触感。
 つまり、滑らかさ、硬さや、軟らかさ。
 滑らかさは、唇、舌触りの滑らかさ。中国料理にとろみがついてることが多いのも、滑らかさを重視してのこと。

 硬さで言えば、さくさく感にぱりぱり感などの歯切れのよさ、歯応えの爽快感。それに弾力や噛み応えってことになります。
 軟らかさということなら、すっきり感、ねっとり感、舌にとろける感じや、こってりとしていてこくのある感じ、といった按配です。

 それから味付け、調理、火の通りの加減。そして料理そのものの味わい、それに風味、そう香りですね。匂いではありません。それについてはいずれまた。それから後味、といったところです。

 「え~!? そんなこと観察しながら食べてんの?面倒だね。なの、食事なんかちっとも楽しめないじゃん!」と、あきれられるかも、ですね。
 いや、なに、書き並べたからこそ、そんな風に思われるだけのこと。

 食事は楽しむもの、というのが私の基本。
 外食ってことになると、最低でもかみさんと一緒。もしくは、仲間と一緒。会話をはさみながら、時にはワイワイガヤガヤと騒ぎながら、食事を楽しんでます。

 しかし、目の前に皿が置かれた途端、さっと料理に目をやり、瞬時にそれを観察。
 会話の合間に料理を口に運び、味わいながら、先にあげたようなことをきっちりチェック。
 香港で食のフィールドワークを始めるようになって以来、慣れと言いますか、いつの間にか身についてしまった習性のようなもの。たいてい瞬時に観察、察知します。

 とはいうものの、会話を交わしながら食事を楽しんでる時に、いきなりセンサーが稼動しはじめることがある。たまに、料理にはまって自分ひとりだけの世界に没頭し、周りに人がいることを忘れてしまうこともあります。
 哀しい性、と言われればそうかもしれませんが、早い話、オタクですから、それを楽しんじゃったりしてます。

 ヘイフンテラスで食事した時には、料理を食べるたび「あれ?これ、どっかで食べた味、出会った味!」と、頭の隅っこに潜んでいた記憶が、もぞもぞと這い出した。
 記憶センサーが稼動しはじめたってわけです。

 たとえば、最初の焼き物の焼鴨の味付け、焼き方、焦げ茶の焼き色、仕上がりの味加減。
 前述してきたように確実に「嘉麟樓」のものではなし。香港で出会ったものでもなし。
 焦げ茶の焼き色なのは、下拵えの調味料、仕込みの加減や按配。
 それに念入りに、というよりも火を通しすぎ、焼き過ぎの嫌いがないでもない。
 ぱさついた肉質がそれを物語ってます。味付けはしっかり。
 なのに、焼きすぎの感ありで、風味が乏しい。

 「あ、そうだ「赤阪璃宮」の焼き物の味に似てる!」と思い当たったのは、「鹹魚鶏粒豆腐煲」を食べてる最中のことでした。
 前述の通り「赤阪璃宮」には譚さんが香港から呼び寄せた頑固な焼き物専門の職人が。
 とはいえ、その人の仕事、技とは思えない。ということからすれば、頑固な職人に習った料理人?  

 さて、料理。その盛り付け、色合いは美しい。洗練されていて、華があります。
 香港のザ・ペニンシュラの「嘉麟樓」の姉妹店、あるいは、香港の味が楽しめるという謳い文句に惹かれて訪れた雰囲気、気分重視の人なら、うっとりすること間違いない。歓声だってあげそうです。
 しかし、実質を求める私の目と舌は、そう簡単にはごまかされない。

 たとえばえびの豉汁炒めの「豉汁炒中蝦」。(そうそう、もしかして「豉椒蝦球」が正しい料理名かも)。 
 日本で老舗とされる広東料理を提供する店、それに、一部のホテルの広東料理店など、昔ながらの(日本化された)広東料理を看板にする店でこの種のえびの炒めものを注文すれば、必ずたっぷりのとろ味がついてるもの。

 その点、ヘイフンテラスの「豉椒蝦球」のとろみはほんのわずか、うっすらと。豉汁の分量も実に控え目。というあたりは間違いなく香港スタイル。香港の一流のホテルの中国料理店や高級料理店でのこの種の炒めものに特徴的なもので、日本ではなかなかお目にかかれません。

 しかし、なにしろ蝦のぶつ切りがでかい。その切り分け、包丁の仕事にまずは「?」。
 それに、食べてみると前述の通り「プリ」と弾ける触感じゃなく「ぶりぶり」でしっかり、がっしりの歯応え、噛み応え。活きのえびのはず、なのに特徴的な甘さ、旨味が不足。

 さらに「鑊氣」、というのは「鍋の気」、つまり、火を巧みに扱い、一気呵成に調理して素材に火を通し、素材の持ち味、香りを損なわず、風味豊かに仕上げる技術のことですが、その「鑊氣」がないから、風味が乏しい。味付けばかりが目立ちます。

  ということでは、素材の吟味、素材の切り分け、下味つけ、調理の「火路」、つまり鍋の技術、火加減のいずれかに、もしくは、すべてに問題あり、というのが私の観察。
 この火の通りだと、これも日本人の料理人?
 というのが、私の推測。

 「豉椒蝦球」を食べながら、ふと頭をよぎったのは、80年代から90年代にかけての京王プラザホテルの「南園」の料理、周富徳さんに次いで謝華顕さんが総料理長を務めるようになってからの「聘珍樓」の料理のこと。もしかして、そのいずれかの系列に属する料理人では?と、思い当たりました。
 私の勝手な推察、憶測です!

 画像は、毎度、毎度で「あのう、お客様~」と料理撮影禁止ですから。
 探し出したのは、マカオのリスボアホテルの中国料理店で食べた「豉椒蝦球」。
 以前触れたとおり、マカオの広東料理は香港ほど洗練されておらず、ひなびていて、いなたい。
 ですからとろみ付けも香港に比べれば少し厚め。広州の広東料理に近いものがあります。
 というわけで、この「豉椒蝦球」、少々寝ぼけた感じ。
 おまけに、画像までぼけちゃってます!

2008/03/19

ヘイフンテラスの謎と不思議の10

 香港ではよくあること?
 お客様の方がよくご存知のはずじゃないか…なあ?
 ですか?
 ………………………?

 耳を疑いました。
 何がなんだか把握しかねて、いったい、黒服の女史、何が言いたいのかと、思わず頭の中で黒服の女史の言葉を反復、咀嚼。

 黒服の女史のにこやかで満足気な笑顔には、懐に隠し持った切れ味鋭い小刀で、グサっと胸をひと刺し、というだけでは物足りずに小刀をえぐりまわし「ムフ、仕留めた!」とばかり、その手応えに打ち震え、興奮し、恍惚とした快感までもが、ない交ぜになったような様子もありあり。
 冷静で落ち着き払った慇懃な語り口は、自信に満ち溢れたものでした。

 香港では、魚の腹を開いて魚を蒸すのは、別に珍しいことでもなんでもない、ってこと?
 それに、香港にお出かけなら、ご存知のはずだ、ってこと?

 そうか、「お客様がご存知ないだけ、じゃないでしょうか!」って意味なわけですか?
 そうか、そういうことか。
 それこそ、彼女が一番言いたかったことだったのだ、ってことに気づきました。

 総料理長なのか料理長なのか、誰が言ったのか、その言葉を代弁して我らに伝えてくれた「よくご存知のはずじゃないか…なあ」という、「か」と「なあ」の独特の間合い、含みのあるニュアンスにとんだ表現が、それを如実に物語る。

 胸の痞えなどではなく、腹に据えかねた思いを口に出せてか、黒服の女史のにこやかな笑顔は、すっきりとしていて実に爽やか!
 意趣返し、ってやつですか?
 それにしても、何でまた、何のために?

 「なるほど!」と、私。
 「でも、私はそんなの、知らないなあ!
 ま、あの、さっきも言いましたが、「麒麟」って料理方法の時には、魚の腹を割いて、切り目を入れて蒸すってのは知ってますが……」。
 ひと呼吸置いて
 「そんなもんですか」
 と、私は投げやりに生返事。

 そういえば、料理コンクールの受賞料理の資料写真で、魚の腹を開き、色々なものを乗っけ、蒸した料理を見かけたことはある。が、実際に食べたこともなければ、出会ったこともない。というより、私はその種の料理に興味はおろか関心もありません。

 「私の出かける料理店では、まあ、一応の店、なんですが、蒸し魚って言うと、丸ごと一匹、そんまま蒸して出す。(魚の)腹を割いて蒸したのには、出会ったことがないなあ。それに(魚の)腹を割いて魚を蒸す料理を出す店と言えば……」と、続けようかと思った話もやめちゃいました。
 そこはぐっと我慢、っていうよりも、黒服の女史の言葉が頭をよぎり、その言葉にあきれ返って「こりゃ、これ以上、話しても無駄、話にもなんないワ」、と匙を投げた格好で。

 「あれって、非は頑として認めないってことですね!」
 と、ホテルを出た途端、友人の連れがポツリ。
 それを聞いて、思わず「グフッ」と私。

 誰の見た目にも明らかな黒服の女史の頑なさ、意思の強さ。
 「いいじゃないですか、あの頑張り様が。逞しくって、意気盛んで意欲的。負けん気が強いとこが、頼もしくって、いいじゃないですか!」、と私。
 いや、ほんと、そう思いました。かわゆくて、まぶしいくらい、だと!

 とはいえ、意気盛ん、意欲的で、負けん気が強くっても、懲りない人、だけじゃなくって、堪え性がないから、ついつい、余計な一言。腹に据えかね、たまりたまった鬱憤をなんとか晴らしたい、という思いに駆られていたんでしょう。

 黒服の女史、その役割と立場上、感情を抑え、露骨な表現は避け、遠まわしに、婉曲に、という心積もりが、あったのかどうか。
 ともあれ、負けん気の強さ、堪え性のなさゆえに、丁寧な言葉遣い、慇懃な態度ながら、露骨でぶしつけな物言いになってしまった、なんてことご当人、微塵だに思ってはいないはず。

 それにしても「よくご存知のはずじゃないか…なあ」とは実に強烈。
 ちょーインパクトのある言葉です。
 それも、友人の連れが語る「非を認めない」ってことより、黒服の女史、自身、それに店の正当性を主張することしか念頭になかったのに違いない。

 「ヘイフンテラス」を誇りに思い、その一員、スタッフであることを誇りに思う姿勢と態度は立派です。 が、その頑張り、踏ん張りにもかかわらず、当方の疑問、質問に対しての回答は、なんだか要領を得ない。思い込みの深さ、激しさゆえ、なんでしょうか。
 それより、「まさか、「ヘイフンテラス」の料理が否定されるとは!」、という熱い義憤の念に駆られての言動か。

 確かに、魚の腹を割いた調理が、火を通しすぎることになった要因ではないかと私は指摘しました。
 しかし、腹を割いた調理は、単なる要因ではないかというのは私の見解、個人的な意見。
 それよりも、料理そのものの出来栄えが私にとっては肝心な問題。
 下拵えはどうあれ、蒸し加減そのもの、その見極めの甘さ。
 それに、しっかりした味付けながらも、風味が乏しい。
 その要因を探れば、料理人の技量や調理、それ以前に、料理に対する姿勢に関わってくる問題ですが、それについての見解、その回答とは思えない予想外の言葉です。

 なにしろ「香港ではよくあること」、「お客の方がよくご存知のはずじゃないか…なあ」、ですから。

 画像は、そうです「あのう、お客様~」と、料理撮影禁止。
 なんて繰り返してたら、テーマに則した画像が見つからない。
 ということで、デザートを一品。
 鏞記の舊式馬拉糕。素朴な甘さがたまらない昔懐かしい馬拉糕です。

2008/03/13

ヘイフンテラスの謎と不思議の9

 白服のアテンド君に黒服の女史を呼んでくれるようパシって貰ったものの、黒服の女史はなかなか現れない。
 そんな間に、注文した料理はすべて登場ということで、締めくくりを麵にするか飯にするか。
 それとも、ブランチってこともあるし「甜品」で締めくくり?
 なんて話になって、白服のアテンド君に「甜品」のメニューを頼みました。

 「甜品」のメニューを見ても、正直、さほどそそられるものはなし。
 テーブル仲間の友人も、どうやら同じ思いだった様子。
 「やはり、黒服の女史がいないと要領を得ませんね!」と、友人。

 そこに現れました、黒服の女史。
 にこやかな笑みを浮かべてテーブルサイドに立つ彼女に笑顔で話しかけようとしたものの、やはり、わだかまりが再び頭をもたげはじめる。
 甜品の相談は後回しだ。

 「あのう~」と切り出す私。
 ひと呼吸置いて
 「この蒸し魚、火が通り過ぎ、だと思うんだけど」。
 ということで、蒸し魚の身の状態、仔細を説明。

 「魚を開いて蒸してるから、火が通りすぎるんじゃないかな?」 
 ということで、腹を開いての料理についての私なりの見解を説明。

 ま、黒服の女史に説明するうちに、いつしか持論をまくしたて、いささか興奮気味になったのは事実です。が、それでも、一応のことは説明しました。

 「は?」と黒服の女史。一向に動じない様子です。
 とはいうものの、ジワジワにじり寄っていく私の気配を察してか、「一本釣り」、「釣り針」話を誇らしく我々に語りかけてくれた時の表情はどこへやら、次第に緊張の面持へと変わっていく。
 というより、いきなりの私の言葉に「引いた」様子、ありあり。

 ひと呼吸おいて、尋ねました。
 「香港の料理人なら、ここまで蒸さずにこの手前で止めて、火が通ってても生な感じを残しているような。
 ほら、特に中骨の身のあたりの火の通りの加減、按配。
 それが、腹を裂いて蒸してるから、蒸し過ぎ、火が通りすぎになるんじゃないですか?

 それより、この蒸し魚、もしかして、日本人の料理人が蒸したんじゃないの?
 火が通り過ぎて、タイミングを外してるみたいなんだけど……違いますか?」
 と、思っていたことを口にしてしまえばわだかまりも失せ、落ち着きを取り戻し始める私です。

 尋ねたかったのは、日本人の料理人が蒸したのかどうか、という事実関係。
 といって、誤解のないように。日本人の中国料理人の存在を否定しているわけではありません。
 日本人の中国料理人には、一般的に言って独特のスタイル、個性なり持ち味がある。それはそれで面白く、日本独自の中国料理を形成する大きな要因にもなってます。

 ですが、ここはやはり香港と同じ料理、味を提供、というのが看板(だったはず)の「ヘイフンテラス」ですから、一言、物申し上げたい心境にもなる。
 それより、香港からやってきた総料理長って、提供する料理の味、風味の確認、管理をしないのか? 総料理長のもとで働く日本人のスタッフに、何故、本場の技術、方法論を教えないのか?というのが疑問の根底にある理由です。
 もっとも、私、小言ぢぢいなもんで、言葉、表現は直接的すぎてきつかったかも。
 といって、反省する私でもありませんけど。

 沈黙の黒服の女史。

 さらに続けて
 「で、あの、料理が冷めちゃってて・・・」と、私。
 その言葉を耳した途端、すかさず
「あのう、ここに持ってまいりました時は、(私の)手では持てないぐらい、お皿が熱かったんですが!」と、機を逃さず、言葉を返してくる黒服の女史。
 きっぱり、毅然とした物言い。それも、激しさをしっかり内に秘めた強い自己主張が汲み取れる。

 そうです、言い訳や申し開きなどではない。
 「お客様、お忘れなのですか?」と、暗にほのめかすどころか、今にも言い出しかねないほど、いささか険しさが入り混じり始めた表情、語気の強さに、思わずたじろぎそうになったりして!

 わお、返り討ちにあいそうだ!

 これでまた、黒服の女史のファンが一気に増えるかも!
 なんて、自分でツッコンで、ボケてる場合でもないんですが。

 「あ、そうか!私の言い方が悪かったのね。言葉足りずですんません」、
 などと思ってももちろん、口には出しません。
 私が言いたかったのは、料理をテーブルの上に置いておくなら、料理が冷めない工夫が出来ないのか、てことなんですが。
 すんませんね、黒服の女史。

 それでなくとも、我らがテーブルの人数分からすれば料理の分量は遙かに超過した、大きな皿によろそわれた大きな魚の料理です。
 一回でそのすべては取り分けられない。
 当然、大きな皿に料理が残る。食べていくうちに、大きな皿に残った料理が冷めていくのは当然のことでしょう。

 そんな大きな皿に乗ったままの料理を、テーブルに運ばれてきたままの熱い状態で、とは言わないにしても、2碗目の料理も熱いまま、温かいままで食べられるように工夫ができないものか。
 それも、私が考えるサービスの基本のひとつです。

 香港の一応の店なら、「嘉麟樓」もそうですが、テーブルの人数分、取り分けて料理が皿や土鍋に残ったら、そのまんま放置、なんてことはありえない。
 ことに土鍋の炒め煮込みの煲仔など、ウォーマー、って早い話がカセットコンロだったりしますけど、必ず用意がしてあるもんです。

 黒服の女史、そんなことに思いも至らない様子。
 それより、テーブルに運んだ時には料理は熱かったのだと、いわば自身の正当性を主張することしか頭にないことは、その表情からもありありとうかがえる。

 こりゃ、あかんワ、見込み無し。
 ウォーマーのことを話してみても、おそらく、聞く耳はもたず。
 それに、サービスの基本についても、、、、と。

 サービスのことはあきらめて、
 「この料理、蒸したのは日本人の料理人ですか?」と、しつこく食い下がる私。
 ほんのわずかな沈黙の後で
 「はい……そうです……」と、
 黒服の女史のトーンは一気に下がる。

 食事を終え、食後のお茶を飲んでしばらく、入り口そばのウェイティング・ルームに場所を移し、食後のコーヒー。
 話が弾んで、コーヒーをお代わり。水もお代わり。

 しばらくして、そこに黒服の女史が登場。
 「申し訳けございませんが、夜の食事の準備がございますので、そろそろ……」、と。

 無言のままでエレベーターに案内してくれる黒服の女史。
 エレベーター・ホールでエレベーターの到着待ち。

 「料理、魚料理以外は、いい感じですね」と、お世辞を述べる私。
 「そうだね、いい感じじゃない?」と、相槌を打つ友人。
 「有難うございます」と、一礼する黒服の女史。 

 「それで、魚を開いて蒸す料理方法なんですが・・・」
 と、話し始めた黒服の女史・・・・・・。
 「あのう、香港ではよくあることですし、お客様の方がよくご存知のはずじゃないか…なあ、とのことでした」
 と、にんまり。

  止めの言葉をさらりと口にして、黒服の女史の表情はすっきりとした様子。
  もちろん、勝ち誇ったような表情だったことは言うまでもありません。

 画像は、いつも変わらず「あのう、お客様~」と料理撮影禁止ですから。探し出したのは、香港のレストランの玄関脇の水槽で泳ぐ魚達。(撮影 ヒロミ・ローソン=笹本)。

2008/03/06

ヘイフンテラスの謎と不思議の8

 口を真一文字に結び、両手で抱え持つのではなく、両手をうんと伸ばし気味にして大皿をしっかりと手にし、我らがテーブルに運んで来る黒服の女史。
 大皿を見下ろし、足先を確かめながら慎重な足運び。その緊張した表情が物語る緊迫感。
 我が友人が最大の楽しみにしていた蒸し魚料理の「清蒸紅斑」のお出ましです。

 「お~!」と、どよめきが上がります。
 「来た、来た!」と、はしゃぐ喜びの声。

 が、それも、大皿を目の前にした途端

 「?????」。

 一瞬の沈黙。

 テーブルの上を天使が通り抜けた!

 大皿から尻尾が(少しばかり)はみだすくらいのでっかさ。
 ひれの上あたりに香草。身の半分、尾を隠すようにして、たっぷりの(丁寧な仕事ぶりに見えて、切り方が不揃いなものもある)白髪ねぎ。

 「?????」と一瞬の沈黙の訳は、なんとでっかい魚、頭から尻尾まで、腹の部分を切り開いてありました。口あけてあんぐり、あっぷあっぷ状態の干し魚さながら、「開き」の状態で蒸されていたからです。

 唖然!
 呆然!
 開いた口がふさがらない。それは私だけではなかった様子です。

 沈黙を破って「あのう!」と、私が一言。
 「こうやって、開いて蒸すわけですか、魚?」。

 黒服の女史、すっと背筋を伸ばし、顎を上げ気味にして
 「ええ!」と、自信たっぷりな面持ちで
 「一本釣りの魚を使っておりますので、針がありましたらいけませんので!」
 と、きっぱり!

 「?????」

 再び天使がテーブルの上を通り抜けた!

 「一本釣り?」、「針?」と、黒服の女史に確かめるように尋ねる私の言葉に
 「「野田岩のうなぎ」、、、ですか?」と、友人がボソ!
 その言葉に連られて、思わず私は、グフ!

 白焼きはともかくうなぎ、蒲焼は滅多に食べない、
 というよりも食べられない私は、「野田岩」にでかけたことがありません。
 ですが「野田岩」の箸袋には「針にご注意を」なんて注意書きが記されてる、
 という話はあまりにも有名。

 「なの、魚が針先のエサに喰くらいついて針を飲み込んだとして、口の中か、せいぜい届いて砂擂り裏の内臓あたり。身の下半分、背筋にびしっと肉が張り付いてるあたりまで、どうやって針が届くもんなんでしょう?」
 なんて思っても、そこはぐっと我慢。

 碗仔に取り分けられた魚、紅斑の持ち味そのまま、「ほろり、はらり」と身が崩れる。
 脂が乗っていて、唇、舌にまつわるとろりのねっとり感がたまらない。
 味付けは、しっかり。少々、醤油味が立ちすぎの感あり。
 ですが、脂がのっているのでさほど気にならない。

 ところが、部分によっては身が「ぼろり、ばらり」。
 「火が、通りすぎ?」、と思ったが、そこはぐっと我慢。

 蒸し魚は、なんといっても、頭が美味。
 頭の骨にむしゃぶりつき、身を舌でえり分けながら食べる快感、美味こそは、なによりもの醍醐味。
 脂の乗った砂擂りあたり、鰭のついてる部分のとろける味わいも格別です。

 中骨あたりは、うっすらと身の色が変わり、火が通っていながら「ほろり、はらり」の粗さのある肉質ながら「しゅわ」とした触感を残している、というのが私の好み。
 ことに「紅斑」はじめ、各種の「石斑」を蒸し魚にして調理した時の味わいところ。

 それが、身の半分を食べ始め、「ほろり、はらり」ではなく、「ぼろり、ばらり」。
 しかも、身が崩れるのではなく、身がごそっとはがれる、のは何故?
 それに、味はしっかりでも、「香」、「風味」が飛んじゃってます。
 やっぱり、火の通しすぎ?
 腹をまっぷたつに開いて、蒸したせい?
 
 実は魚の蒸し物、火加減が一番むずかしい。
 ことに丸ごと一匹、そのままの形で蒸すとなると、蒸す時間の按配、加減に、熟練の技が必要。
 そのための工夫として、腹を開いて魚を蒸す、という方法もあり、
 なんて話も聞きました。
 蒸してる途中で、蒸篭の蓋をずらし、按配、みるんじゃないでしょうね。
 なことしたら、温度が一気にさがりますけど

 もちろん、腹を開いて蒸す魚料理がないわけではない。
 「麒麟」といって、腹を開いたあとで、身に切り身をいれ、そこに干し椎茸、筍、金華火腿の薄切りなどをはさんで、蒸す料理方法もあります。宴会料理に登場します。

 以前、ここで香港の広東料理店におけるキッチン事情、それぞれの役割分担を紹介した際、触れてきたように、蒸し物、土鍋煮込み担当を専門にする「上什」が存在します。

 「上什」は、蒸し以外に、干し鮑など、乾燥海鮮素材の戻し、調理の下拵えも担当。
 ということからも明らかなように、一応の経験、年季が必要。
 蝦の在庫の確認のため、黒服の女史の命を受けてキッチンにパシる白服のアテンド君などには、、、無理な話でしょう。

 日本の中国料理店、それも、ホテルのレストランや一応の店が、香港などから料理人を招聘する場合、まずは料理長、それに、その相方か補佐も一緒に、というのが一般的なようです。
 たいていの場合、料理長は「鍋」を担当。で、相方となるのは、料理の下拵え、それに、料理の素材調達などの管理を担当する「板」を担う料理人。

 そうです。
 いくら「鍋」の技に優れていても、「板」の存在なしには、本領を発揮できません。
 つまり「鍋」、「板」のコンビ。
 それに、飲茶の点心担当の「点心師」を共に招聘、ってこと多いようです。

 もっとも、日本で香港などから料理人を招聘する場合、そこまでどまり。
 焼き物担当の料理人を招聘、なんてことは滅多にない。
 そういえば、赤阪璃宮、譚彦彬さんがオーナー&シェフになって以来、焼き物の担当をわざわざ香港招聘。それが、とっても頑固な職人肌の人間で、とはかつて譚さんからうかがった話。
 そんな例は珍しい。
 それに、例えばペキンダックの専門店の「全聚徳」が焼き物専門の料理人を招聘、というのは当然な話でしょう。ですが、蒸し物担当の「上什」まで招聘、という話は滅多に耳にしたことがありません。

 「ヘイフンテラス」、香港からやってきた料理人については、前述の通り、3人。
 てことでしたから、「蒸し物」は総料理長、あるいは、料理長の指導のもと、日本人スタッフが担当、ってのが現実じゃないでしょうか。

 「ぼろり、ばらり」だけでなく、魚半分の身、ごそっとはがれていく。
 おまけに、料理はどんどん冷めていく。
 黒服の女史が緊張しながら、慎重にテーブルに運んで来た頃の料理の熱さは、どこへやら。

 骨だけでなく、身のついた魚が残った大皿を前に、なんだか、心にわだかまり。
 しかも、わだかまりは次第に大きく膨れ上がっていく。

 それまでぐっと我慢だった私も、ついにはこらえきれず、パシリの白服のアテンド君に頼みました。 

 「あの、黒服の女史、呼んでくれない?」

 画像ですが、すんません重ね重ね、って私が悪いんじゃないんですけど。
 「あのう、お客様~!」と、料理撮影禁止の「ヘイフンテラス」です。

 探し出したのは「チャイニーズ・レストラン・直城」の「張大千干焼魚」。
 画家の張大千が好んだ魚の料理方法をもとに、山下直城さんが、工夫とアレンジ。
 画像を見るたび、その美味、風味の豊かさ、深い味わいを思い出して、涎がこぼれます。
 この料理、いつだって、何回だって食べたいです。

2008/03/05

ヘイフンテラスの謎と不思議の7

 「黒服の女史はどうした?どこに行ってしまったの?」と、お問い合わせ。

 黒服の女史、今回の「ヘイフンテラスの謎と不思議」の主要な登場人物であることは間違いありません。それが今やファンが存在するほど、いつの間にやら人気、話題が沸騰。主役の料理を食ってしまう勢いです。

 そんな黒服の女史、新しい料理が登場するたんび、どこからともなく現れ、にこやかに笑みを浮かべながら、大皿、土鍋に盛られた料理を、まずは我らがテーブルに披露。
 にこやかな笑みの奥には「料理撮影禁止!」の鋭い監視の眼差しが! 料理を披露してくれた後はサイドテーブルへ。それを碗仔に取り分けてれます。もっとも、それからのサービスは白服のアテンドのパシリ君。 その後、黒服の女史、我らがテーブルに顔を見せることはない。
 「お味、いかがでしょうか?」なんて、尋ねられたこともない。
 見放されてしまった、のかもですね。

 さて「鹹魚鶏粒豆腐煲」に続いて「金銀蛋上湯浸菠菜」が登場。
 家鴨の2種の卵、「皮蛋」と塩漬け卵の「鹹蛋」を使い、炒めたほうれん草にだしの「上湯」を加え、煮浸しにした料理です。

 金、銀に例えた2種の卵、翡翠のようなほうれん草の緑が織り成す色彩が、なんとも美しい。食をそそる見事な色あい、美しさです。
 中国料理で肝心な「色・香・味」。その「色」、つまり見た目の美しさに、「うあ、すげえ!」と、思わず声を上げた私でした。

 「うん、うん」とうなずくテーブル仲間の友人も「旨そうですね!」、と。
 今、思い出しても、この日、ヘイフンテラスで食べた料理の中では、間違いなくベストに挙げられる一品でした。

 「だし」は穏やかで、優しく、上品。「皮蛋」、「鹹蛋」、それぞれにクセのある特有の持ち味も生かしながら、とんがりがない。
 ほうれん草も、特有の鉄分、エグ味よりも青い味がする。素材を生かし「だし」を生かした調理、味付けです。

 とはいえ、香港そのままの味かどうかってことについては、やはり「?」が次々に頭の中で飛び跳ねる。 すんません、率直で正直なもんですから。

 まず「だし」。
 優しく、すっきりとしていて、上品。ですが、こくや深みがない。どっしりとした腰の座りがない。
 「上湯」というよりもむしろ「二湯」のような印象に近い。 「香」、「風味」が乏しいですから。

 もしかしてこの「だし」で「清湯魚翅」や「紅焼魚翅」?
 ということなら、「気仙沼産」、しかも「よしきり」か「もうか」なのか不明のままのふかひれの料理、それら2種のクセのある風味、余程の香り、風味、それに「とろ味」をつけなければ。
 残念ながら「ヘフンテラス」でふかひれの料理は未体験。
 
 それに、「ほうれん草」の下拵え、切り分け、処理が、実にざっくばらん、というか、結構乱暴。
 間違いなく「丸葉」の西洋種の「ほうれん草」。しかも、葉の部分だけを使ってくれればいいものを「軸」の部位がどっさり。もちろん、赤い根っ子の姿はみえませんが。

 ですが、葉から切り離された「軸」の部位、煮浸しでしたから一応の柔らかさ。
 噛み締めてだし汁が滲み出るのが、救いといえば救い。
 ですが、「ざっくり感」は否めず、唇、舌にザラっとした感触。
 これでもし、炒め物を注文したとして、葉の部分はともかく「軸」の部分、はてしてどうなったことやら。
 ということでも、煮浸しを注文し、ほっと胸をなで下ろしました。

 味付けは穏やかで上品です。 でも「香」、「風味」が乏しい。
 味本位な調理を特徴とする日本人の中国料理人に概して共通した「香」、「風味」の乏しさです。
 普通の店なら文句もないです。日本人の料理人による中国料理って理解し、納得すればいい話ですし、それはそれで楽しみ方もありますから。
 ですが、ここは「香港と同じ味を提供」というのが看板の(はずの)「ヘイフンテラス」。
 ま、香港の味に近い料理店、ってことなら、私は一応は及第点。

 「金銀蛋上湯浸菠菜」を味わっている間も、黒服の女史は現れず、でした。

 画像は、しつこいですけどおなじみ「あの~、お客様」と料理撮影禁止です。
 先に別の店の「金銀蛋上湯浸菠菜」を紹介しましたので、なら、黒服女史が「季節ではありませんので」とのことだった「豆苗」の炒めものなど。

 ちなみに、「豆苗」ってこともありますけど、使うのは「葉」だけ。「軸」の部分、切り落としてあるってのが、お解かりいただけるかも。

 野菜、ことに「青菜」の炒め物。
 塩味炒め(「だし」仕上げ)、ニンニク、唐辛子の細切り、「腐乳」や「蝦醤」などの調味料を使った味付け、風味漬け。それに、一気呵成に炒める「鍋」の「火」の扱いが語られますが、実は、そのために一番肝心なのが、野菜の下処理、下拵え。

 野菜、特に「青菜」もの、それぞれ「葉」や「軸」だけでなく、尖端か根っ子と、部位、場所によって味が違います。
 部位の違うものを同時に鍋にほうりいれ、調理すれば「火」の勢いがあっても、部位、場所によって「触感」、「味」、「風味」が違ってくるのは当然な話。

 それを時間差で、つまり、火の通りにくい部位から、順番に鍋に入れる、なんてワザもあるようですけど、一気に炒めるって作業ではそんな悠長なことはやってられない。
 
 そんなことから見逃せないのが、素材の下処理、下拵え。
 「葉」の部分、「軸」の部分を切り分け、隠し包丁、でもないですけど、工夫をするのはごく当たり前、当然な話。
 かように素材の切り分け、下拵えの「板」の作業は、料理の出来栄え、味、風味を決める、重要なポイント。 その存在と技を見逃せません。

2008/03/04

ヘイフンテラスの謎と不思議の6

 ぐつぐつ煮えた熱々の「鹹魚鶏粒豆腐煲」。
 テーブル仲間の友人が楽しみにしていた一品です。

 豆腐は一丁分を横半分に2分してから、2・5~3センチほどの正方形。ってことは3X6ですから、豆腐一丁を36等分?
 とはいうものの、豆腐の大きさ、それぞれに個体差があって、切り方はざっくばらん。

 素材の切り分けは、すべて均一の大きさが必須の条件のはずの中国料理の基本からは外れてます。
 「香港人の料理人なら、普通、Okにはしないはずなんだけど……
 ってことからすると「板」だけじゃなくて「鍋」の担当も、日本の料理人?
 でも、これでOKにする「鍋」の料理人も、もし香港人としたら、根性と自信があるんだなあ」
 などと思っても、口には出しません。

 その豆腐、「獻」、つまり、粉をまぶして下拵えし、煎り焼きにしてありました。
 丁寧な仕事ぶりです。が、単に粉をまぶして煎り焼きにしたっていうだけで、豆腐の味、風味をしっかり封じ込めてるってわけでもない。
 豆腐のぷるんの触感だけが味わえるものでした。

 鶏肉の切り方も、豆腐同様にざっくばらん。
 その肉質、前菜で食べた「豉油鶏」同様に柔らかい!
 というか、グニョの質感に類似、ってことは、同じ鶏肉?
 なら、一応、鶏肉は吟味?
 などと、思わず納得。

 それより、肝心の「鹹魚」。
 「馬友」か「曹白」かは判別し難い。
 一応「鹹魚」の味、風味はしました。
 ですが「馬友」にしては「梅香」物ではない様子。
 塩味の濃さ、辛味や、あの独特の風味がない。

 もっとも、「馬友」にしても、「曹白」にしても、「鹹魚」特有、独特の味、風味を、これ見よがしにではなく控え目にその味、風味を生かし、穏やかで上品な味に仕上ているのは実ににくい。
 だしも実に効果的に使われてましたから。

 とはいうもの、穏やかで上品な味付けですが「香」、風味には乏しい。
 「鹹魚鶏粒豆腐煲」も「鑊気」、鍋の気が不足。
 行き過ぎない味付けの慎重さが、穏やかで上品な味を生んでいるのは確かですが、慎重になりすぎてか、料理に力強さがない。力強さがないから、香り、風味が立たない。
 ぐっとひと押し、もうひと我慢の火の入れ方で、香りがうんと際立つはず!

 なんて、料理も大して出来ない私が言うのもおこがましいですけど、これまで食べてきた経験、体験からすれば、問題は「鑊気」、鍋の気不足にあり、なのは明らか様子。

 香港の料理人で「嘉麟樓」のチーフを務めた料理人なら、そんな問題、とっくにクリアーしてるはずなのに、と思っても、「ヘイフンテラス」を訪れるのは初めての客ですから、チーフの料理人、総料理長や料理長から相手にしてもらえるわけがない、のはわかってます。
 そうです。「特権の享受」のサービスに預かれるのは、なんといってもなが~いお付き合い、それなりの投資が必要ですから、というのはとっくに承知済み。

 それより「鹹魚鶏粒豆腐煲」を食べながら、この「板」の仕事、「鍋」の火加減や味付け。
 どっかで出会った、食べた記憶あり、という思いが頭の中を駆け巡りはじめました。
 やっぱり、調理は日本人の料理人?

 実は、テーブルの仲間の我が友人、同じ思いだったことが後日の会話で判明。
 同じような素材の扱い、調理、味付けで、どっかで食べたことがある、という思いが頭の中を駆け巡ったそうです。
 
 類は類を呼ぶといいますが、我が友人というのも、実は相当マニアックな広東料理フリークです。
 我が友人、抱え続けたわだかまり、とある店に出かけて一挙に氷解。
 そんな話から「ヘイフンテラス」の謎と不思議、解明への道を辿り始めたのでありました。
 
 画像は、やっぱり「あの~、お客様」の「ヘイフンテラス」ですから。
 で、探し出したのは、豆腐の料理。
 「鹹魚」ではなく「蝦醬」を隠し味、味の鍵にした「大馬站煲」。
 皮付きバラ肉の焼き物と揚げた豆腐、韮の炒め煮込み。
 目黒の「白金亭」のもので、我が兄弟、周中が用意してくれました。
 調理担当は「白金亭」の木下茂樹料理長です。

2008/03/03

復活! ヘイフンテラスの謎と不思議の5

 さて、焼き物の前菜に続いて「豉汁炒中蝦」が登場。
 すかさず、デジカメを手にする私。
 外で食事ってことになると,、所構わずデジカメで料理をびしばし撮影。
 そんなこともあってパブロフの犬よろしく、料理が運ばれてくるとデジカメに手が出て、カメラ小僧よろしく条件反射でデジカメを手に身構えてしまう私です。

 ところが、「あの~、お客様!」の黒服の女史のあの一言。
 「はいはい、申しわけありません!」
 と口にしながら、皿の上、ぶつ切りのえびの身の大きさに、思わず「ン!?」。

 「え?!、こんなにでかいえびのなの?」と、テーブル仲間の友人も驚いた様子。

 「これだけの大きさなら、頭、殻付きで「干煎蝦碌」に出来たのに」 と、思っても口には出しません。
というよりも、ただただ唖然!

 「もしかして、黒服の女史、やはり「干煎蝦碌」をご存知なかった?
 いや、ご存知でも、ヘイフンテラスの料理人には、対処できないって判断だったのかなあ。
 もしかして、「ご用意できませんので!」と口が裂けても言いたくなかったのかも」、
 などと、いささか同情まじりにもなって、頭の中では瞬時に様々な思いが交錯。
 ですが、そこはぐっと我慢。思っても口には出しません。

 それより、ピーマン、赤いパプリカと一緒に「豉汁炒中蝦」に調理されたでっかいぶつ切りのえび大き さに目を丸くしました。
 それにしても、吃驚するぐらいの「大えび」。
 「けど「ヘイフンテラス」では、これが「中えび」なのかも!」
 などと、納得したりして!

 なんでも、築地場内の「亀福」で扱う活きの「車えび」には、全長15センチから20センチぐらいの「大車」と称するのがあるそうで、料理人の人気の的、なんて話を聞いたことがあります。
 ということは、もしかして「大車」?

 ですが、活きの「大車」なら、頭のみそもたっぷりなはず。
 それに、殻付きで調理したほうが、味、風味を増して旨いはず。
 ところが、頭も殻も見当たらない。
 剥き身をぶつ切りにした「中えび」と称する「大えび」です。

 黒服の女史の話では「活きの中えび」。
 しかも、キッチンに白服君をパシらせ、残った「中えび」の数を確かめたもの。
 なら、殻付きの調理による料理を勧めていいはずなのに
 「なんで、剥き身にして調理を薦めたのか?」と、改めて思い、次から次へと疑問がふつふつと湧いてくる。

 ひとり分、取り分けられた「豉汁炒中蝦」。 
 お皿ではなく「碗仔」を一回り大きくした深めのお碗で取り分け、というのがにくいです!

 「碗仔」というのは「小碗」のこと。スープや汁気のある料理を取り分ける時に使います。
 香港のローカルの連中が飲茶の点心を取り分ける際も、お皿ではなく小碗。なんて取り分けのサービスのスタイルは、香港式流儀そのまま、というのが「香港かぶれ」の私には嬉しい。
 それまでの減点ポイント、一気に帳消し……でもないか。

 ちなみにあの福臨門の銀座店でも、黒服氏はともかく、日本の中国料理店で勤務経験を積んで福臨門にトラバーユしたサービスの女性など、料理の中味に関係なく、なんでもかんでも皿に取り分けたりすることがありますから。
 思わず「ね、ね!、それじゃ、料理が冷めちゃうし、食べにくいから。碗仔で取り分けてください。ちりれんげも一緒に持ってきてね!」と、一言余計な小言ぢぢいの私、であります。

 熱い料理は熱い皿ってことだけでなく、汁気があったりする熱い料理は、お皿ではなく小碗で、というのは私が考えるサービスの基本。
 顔なじみになり、名前を覚えられ、メニューにない料理にありつけるといった「特権の享受」が、サービスの基本だと思い込んでる人が世の中には多いようで。

 もちろん、私も「特権の享受」にありつくための努力はいとわない。
 ですが、そんなことより「料理をいかに美味しく食べさせてくれるか」というもてなしこそが、サービスの基本。 それこそが私には一番肝心な問題です。

 それに、中国料理の食事では、手に持つのは小碗だけ。
 お皿はテーブルに置いて食事、というのがマナー、という以前に共通認識だと体験して以来、
 あ、話がずれちゃいましたね、すんません。

 さて、でっかい「中えび」のぶつ切り。
 まさに「想定外」てやつでした。
 しかも、頬張るっていうより、がぶり噛みつくしか口にする術はない。

 「中えび」だけでなく、「えび」っていうのは噛み締めた時の「プリ」っとした触感が、味わいどころのひとつなのは、誰でも承知、納得のはず。
 そんな「プリ」感があって、生な味わいを残し、甘味がほとばしれば、実に申し分なし。

 ところが「豉汁炒中蝦」のでっかいぶつ切りのえび、「プリ」と弾けるしなやかな肉質、ってわけでもなり、「ぶりぶり」でしっかり、がっしりの歯応え、噛み応え。
 「ぶちっ!」と噛み切りました、から。

 「活きのえび」なら、噛み締めればあのえび独特の、特有の、甘味がほとばしるはず。
 なのに、繊維が立っていて、噛み締めるのにまずひと往生、ひと苦労。
 しかも、甘味よりも、水っぽさが、じゅわ~と滲み出たりする。

 「これって、ほんとに「活きえび」?」と、「?」が頭の中を飛び交いました。
 「これって、もしかして、フィリピンとか東南アジア産?」と、頭の中はさらに混乱に陥り、まさにカオス状態。

 香港でも、北風が吹く時期には基圍蝦(って汽水で養殖した囲いのえびですが)育ちが良くない。そのかわり、タイやフィリンピンから飛行機で取り寄せた活きの蝦(「飛蝦」といいます)を使ったりします。
 それを承知している人は、冬場には「基圍蝦」には手を出さない。良識ある店は、客には薦めないし、それ以前に用意もしない。

 ですが、やっぱり「えび」を食べたい、という客はいるもので(たいていは、日本人観光客だったりするんですけど)、 客の要求に応え、店によっては「飛蝦」を出すことがあります。「飛蝦」の正体は明かさずに、「基圍蝦」ってことで提供したり、日本人とわかれば「エビ、エビ?カニ、カニ?」と押し売りをしたりすることもあります。
 それに「飛蝦」でも、一応の店なら、それなりの調理、味付けで対処します。

 「なんてこと、まったく無視してんじゃない? 香港人の料理人なら、それなりの工夫をするはずなのに」と、「ヘイフンテラス」の「豉汁炒中蝦」を恨めしく思いながら、そこはぐっと我慢。

 それより、味付けはしてあっても、素材の香り、料理の風味がない。
 「鑊気」、鍋の気がないから、料理に香り、風味がない。
 日本の中華料理にはよくあることで、日本で超一流って言われるホテルの中国料理店でも、その課題をクリアーしてる店は限られます。

 なんせ、中華料理ならではの味付けが、重要な課題で、料理の風味についてはさほど重視されず、というのが現状ですから。
 といって、日本ならではの中国料理、中華料理を否定してるわけではないので、その点については誤解されたくありませんが、それはまた別の機会に。

 「これならいっそ「油泡(油通し)」、にして、「蝦醬(えびみそ、ですね)」でもつけて食べた方がまし、かも。水っぽくて大味な「中蝦」の剥き身のぶつ切りの料理には、救いの道かも」、なんて思っても「後悔先に立たず」。そこは黙って、我慢の子、ですから。

 素材の持ち味、見極めて、どう調理するか、味付けするか。
 それって料理人だけが考えることじゃなく、サービスの人間も把握しておくべきことじゃないかって、私は思います。

 客への「サービスの基本」なんじゃないかってことなんですが。
 そういうサービスをやってくれる店が香港にはあります。
 ですけど、それって、香港の中国料理店だけのことじゃなく、万国共通、フレンチにしろ、イタリアンにしろ、なんにだってあてはまるはず。

 それにしても「xo醤」がご自慢の「ヘイフンテラス」が、「油泡中蝦」、もしくは「油泡蝦球」を頼んで、はたして「蝦醬」を用意してくれるか、どうか。

 香港では、一応の店なら「油泡蝦仁」、「油泡蝦球」、それに目の玉が飛び出るほど超高価な法螺貝を油通しした「油泡响螺片」には「蝦醬」、「蠔油」が必ず添えられます。

 そうそう、貧乏人の「响螺片」(とは最近は言い難い値段になってしまいましたが)豚の胃袋の尖端の「肚尖」の「油泡肚尖」なども、同様です。
 ところが、日本では「香港の味」、「香港式」を標榜する広東料理店でも、私の知る限りそんなサービスに、お目にかかったことがない。唯一の例外は、、、ってことですが。

 香港のペニンシュラにある「嘉麟樓」では、「蝦醬」、「蠔油」はちゃんと用意されます。が、果たして東京のペニンシュラの「ヘイフンテラス」では、どうなんでしょう?

 あの黒服の女史ならどう対処するか・・・・・・

 画像は、もはやおなじみ「あの、お客様~」と、料理撮影禁止の「ヘイフンテラス」ですから、別の料理店の料理です。
 才巻きえびを大蒜のみじんと醤油で風味付けして蒸した「蒜茸蒸圍蝦」。
 才巻きですのでサイズが小さい。
 その分、殻も食べられて、味、風味は抜群です。

2008/03/01

お好み焼き 桃太郎の2


 お好み焼き。
 その作り方、焼き方、具の中味、種類などは千差万別。大阪と神戸では異なり、神戸でも東部、中央部、西部と、地域、場所が違えば内容が異なる、といった按配で、それぞれ地域色が豊か。土地ごとに特有のものがあります。

 子供の頃、母親が作ってくれたお好み焼き、基本の生地はメリケン粉(と子供の頃に言ってた小麦の薄力粉)にキャベツのざく切りを加え、だし、卵を加え、塩で味を調える。
 具はもちろん牛肉の薄切りでした。
 そこにねぎの微塵、天かすがあればそれを乗っける。牛肉の買い置きが無い時には、犬の餌のために煮込んだ牛のすじ肉に味をつけて具にする、という話は、前回にも紹介した通り。

 私が火、つまり、ガスのコンロを使うことを許されるようになって、犬の餌作り以外に初めて作ったのもお好み焼き。両親が出かけて留守番なんて時には、せっせとお好み焼きを焼いたものです。
 それが、中学、高校ぐらいになってからは、お好み焼きを外で食べる、つまり、お好み焼き屋にも出入りするようになって、具の種類が色々有り、なんてことを知って、母親にリスエスト。自分自身でも具については色々と工夫。お好み焼きの生地、具、焼き方に地域差があるのを認識し始めたのも、その頃からのことです。

 そういえば、大阪の一般庶民の家には常備されているという伝説の(?)お好み焼き専用の鉄板とたこ焼き用の鉄板。
 我家にたこ焼き用の鉄板こそありませんでしたが、お好み焼き用の鉄板はありました。
 お好み焼きの専用の鉄板は、その後、簡易鉄板だけでなく、ガスを火種にした家庭用の簡易お好み焼きテーブルにグレード・アップ。
 上の鉄板をグリル板に代えれば、焼肉、バーベキューも楽しめるというもので、使用頻度も高かった。
 ちなみに現在の我家、お好み焼き用のテーブルはありませんが、たこ焼き用の鉄板はあります。
 なんせかみさん、大阪の生まれ、育ちですから。それも、私はだし入り、卵入りでふっくら、だし味で食べる明石焼きが好み。ところが、かみさんは表面がぱりっと焼け焦げ、中はしっとりの大阪式のたこ焼きが好み。とまあ、たこ焼きについても、地域差歴然。
 もっとも、かみさん、明石焼きも好きなもんで、2種のたこ焼き、焼きながら、食べ比べなんてことも。
 そして、現在の我家のお好み焼きの生地と中味、具は、私とかみさんのそれぞれの体験に加え、お好み焼き行脚を重ねた結果、色々と変化。
 最近では、キャベツの微塵に手芋(大和芋、なければ長芋)を擂り下ろし、卵を割り入れ、粉を加え、だしを足しながら、柔らかすぎず、適度に硬さのある粘りのある生地を作り、塩で味を整える。
 そこに、旬の時期なら生、それ以外は干した桜えび、それとも、いか、えびの微塵や、小粒の貝類を加えることもあります。
 具は豚のバラ肉。
 お好み焼きの基本は「豚玉」と、かみさんに洗脳されてしまったこともありますが、東京ではお好み焼きの具にうってつけな牛肉の入手が難しい、というのも大きな理由。
 我家で常時用意している「なんちゃってパンチェッタ」(バラ肉の重量の3・5パーセントの塩を擂りこみ、自然乾燥させたもの)のスライスを使うこともあります。
 すじ煮込みも作りますが、東京で入手出来るすじ肉、最近の牛事情を露骨に反映していて「一体、どんな飼料で肥育されたの?」と、思わずにはいられないほど脂の匂いが強く、独特のクセがあり、なんだか変。
 牛肉、それに、すじ肉もそうですが、信頼が置けるは、北海道のボーン・フリー・ファームのものぐらい。青い草と土の味がしますから。
 そして、お好み焼きをぱりっと香ばしく風味豊かに焼くにはラードが不可欠。
 ということで、バラ肉の脂でこしらえた自家製ラードを常備。というも、市販のラードってマーガリンのようにケミカル、つまり化学合成的な製品のようで、無機質で風味にも欠ける。
 東京の名のあるとんかつの専門店などでご愛用、とか耳にした外国産のラードを試したこともありますが、なんだかマーガリンに似た味で、風味なし。
 ということで、ラードは自家製。
 ちなみに、豚肉は川越の「はぎちく」から色んな部位をブロックを取り寄せ、自家製ラードは「はぎちく」吟味のバラ肉の脂を削り取って作ってます。
 さて「桃太郎」の「いもすじねぎ玉」。その作り方が面白い。
 そもそもお好み焼きは「一銭洋食」がそのルーツ、というのは「桃太郎」の創業者の吉川久子さん。
 それに倣うように、作り方は企業秘密で「ナイショ!」という生地を鉄板に敷き、その上に粗微塵のキャベツ、煮込んだすじ肉、青ねぎ、マッシュしたじゃがいもをのっけ、生地を覆いかぶせる。
別途、鉄板に落として焼いた卵の上に先のお好み焼きをのっけ、裏返して焼き上げる、と言う按配。
 dancyuのお好み焼きの記事によれば、生地にきゃべつを混ぜたのが大阪式。粉生地を敷いて、キャベツを載せて焼くのが広島式、なんてありましたが、大阪にも粉生地敷いて、キャベツをのっけて焼くお好み焼きがあるんです。たくもう、勝手に決め付けないで欲しいもんです。

 「桃太郎」の「いもすじねぎ焼玉」の旨さの秘密はいくつもある。
 まず、企業秘密というだし入りの生地。
 それから、なんてことない普通のキャベツですが、ざく微塵に切ったキャベツに含まれた水分が、生地や具にはさまれて蒸し煮状になり、しゅわとした触感をもたらす、ってのも大きなポイント。
 
 牛すじ肉の味付けはさっぱりの薄味仕立て。牛すじから出るだしをうまく生かしながらの味付けです。
 さらに、茹でて擂り潰したじゃがいもが、きゃべつの甘味、牛すじ肉のだし、ねぎの甘味を吸い込みながら、とろけるような味、風味を醸し出し、焦んがりと焼けていく。
 そう、擂り潰したじゃがいもを煎り焼きにするスイス料理のフロスティーにも通じますから。
 そんな擂り潰したじゃがいもの焦げ味もポイント。
 ソースは2種、甘くてこくのあるのと、フルーティーで酸味のあるのが用意されていて、それが、焦んがりのお好み焼きの味、風味を引き立てる。
 勝山から新深江に店を移した「桃太郎」の本店で鉄板を仕切るのは、吉川さんのお婿さんの砂田勝美さん。北海道の出身で、大阪の調理師学校で学んでいた際、「桃太郎」でバイトしたのがそもそものきっかけとなって吉川さんの娘さんと結ばれた、という次第。
 その娘さんが、「道頓堀極楽商店街」に出店した「桃太郎」の鉄板を仕切ってます。
 「いもすじねぎ焼玉」とともに、もう一品、テイクアウトで注文したのが「そばロールミックス」。
 実は「桃太郎」で「いもすじねぎ玉」に続く私のお気に入りが、「焼きうどん」。
 うどんはもちもち。
 鉄板の上で焼かれていく間に、ソースを吸ってますます旨くなる。
 「道頓堀極楽商店街」には、残念ながら「焼きうどん」はメニューになし。
 ということで「そばロール」。
 いわゆる「オムそば」、焼きそばを卵のオムレツで包んだもの。
 「そばロール」はシンプルな「豚」、「いか豚」もありますが、やっぱり「ミックス」。いか、豚だけでなく、えび、それにすじ肉入りで、実に具沢山。その具のひとつひとつの味、それぞれに存在を主張。
 中でも、すじ肉が美味。一口頬張った「そばロール」、すじ肉の触感に思わず「ン!?」。噛み締めれば、味、旨味、風味が口中に広がりますから。
 ということで画像は「桃太郎」の「道頓堀極楽商店街」の支店でテイクアウトした「そばロールミックス」。
 表面の白い部分はマヨネーズ。
 そうです、「そばロールミックス」も、目の前にした途端、画像撮影を忘れ、箸をつけてしまいましたので、その部分!
 我ながら、食い意地の張ったいやしさをつくづく思い知りました。